corsappoi blog

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※一つ前のエントリー「TOJに行ったリポート(前半)」からお読みください

しかしだ、今日のボクはやたらと大会のスタッフに間違われる。すくなくとも五回以上は背後から声を掛けられている。そんなに場慣れした雰囲気でもあるのかな……なんて思いながらスタッフを見てみると、なるほど、みんなボクと同じ紺色のポロシャツを着ているわけだ。じつはボクのブログを見ている人向けに、非常にわかりやすいと思われるアイコンを装備して、この日に臨んだ。まずは黄色い輪っか。そして、FASSA BORTOLOのスタッフ用である紺色のポロシャツ。胸にはしっかりと「Gruppo Sportivo FASSA BORTOLO」と刺繍されたワッペンが付いている。その結果が、これである。ちなみに誰からも声を掛けてもらえなかった。唯一気がついてくれたのは吉本君だけである。ま、こんなもんかな。怖い顔してるしさ、気がついても声なんか掛けてもらえないんだよ……と、自分に言い聞かせてみたり。

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表彰式に向かうための集団移動がはじまった。ボクらも流れに乗って、ゾロゾロと移動する。途中、やたらとデカイのがいるなぁと思ったら、某誌でボクが副編集長をしていた時代にデッチーとして採用したサイトーだった。以前からそうなのだが、彼はボクを目の前にすると萎縮して身長が30cmは低くなる。今回は家族も一緒の様子だったので、ほどほどにして切り上げることにした。名刺を渡し、「またな。連絡しろよ」と言うと、コメツキバッタのようにヘコヘコしながら帰っていった。
さらに数歩進むと、今度は中野にある自転車店Piacere YAMAの山本氏に会った。彼は、ボクが雑誌のライターをはじめる以前に勤めていた老舗のディストリビューターで上司の立場にあった人物だ。恥ずかしいぐらいにコテコテの輪界人であり、自転車大好き、ロードレース大好きの楽しいオッサンである。恥ずかしいぐらいに輪界的なオッサン会話を繰り広げつつ、一緒に表彰式に向かった。会話の一部を小耳にはさんでしまった方がいたとしたら、ぜひとも誤解しないでいただきたい。アレはあくまでもオッサンに合わせていただけであって、間違ってもボクの本来の姿ではない。
そんな紆余曲折を経て、やっと表彰式の会場となる広場にたどり着いた。適当に場所を決めてふと後ろを振り返ると、木の陰にひっそりと佇む男がいる。一昨年までFASSA BORTOLOのメカニコを務めていた永井君だった。つまりyottanの元同僚である。現在は自由が丘でPositivoというオシャレな自転車店を経営している。じつは、ボクはまだラバネロで働きながら実業団レースを走っていた頃の彼しか知らない。もちろんyottanを介してお互いの状況はある程度は伝わっていたのだけれども、それは今までの空白を埋めるほどのものではない。表彰式を横目に、ボクらの話は尽きなかった。
セレモニーも終盤となり、総合優勝者であるバルロワールドのカルデナス選手へのインタビューがはじまった。コロンビア人の選手にイタリア語でインタビューすべく、今中氏が壇上に上がった。怪しい……。白いワイシャツに黒いズボン、ミョーに日焼けした肌、茶髪、巧みな話術。ボクは素直に感じたままを永井君に伝えた。「あのさ、ほら、あのツール・ド・フランスに出たあの人さ、年を追うごとにパワーアップしてる感じがしない?」と。それを聞いた永井君は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。発言したあとで思い出したのだけれど、永井君の立場では肯定なんてできるはずもない。今中氏は彼にとって同郷の偉大なる大先輩なのだ。ちゃんと先輩を立てるあたりは、さすが体育会だなぁなんて感心してみたり。しかし右に吉本君、左に永井君という極上のポジションを得ながら、いったいどれほど高尚な話をしていたのかというと、そんな程度のことだ。一応、彼らの名誉のために付け加えておくが、そんな程度の話を盛んに振っていたのは、一方的にボクの方である。
名残惜しいけれど、TOJは終わった。お開きの時間だ。ボクは妻子の待つ品プリの水族館に行くため、バス乗り場に並んだ。クルマで来た吉本君が「どこまで帰るんですか?」なんて誘ってくれたけれど、助手席にギャルが乗っているのを見て断った。吉本君て、本当にいいやつなんだな。ボクが逆の立場だったら、間違いなく無視してかっ飛んで行くと思うよ。というか、彼を鍛えた菊地ちゃんが偉大なのかもしれないけれど。

と、ここまで書いたところで、まだ書ききれないということに気づいた。自分の計画性のなさにただ呆れるばかりなんだけれども、じつはまだ終わったわけではない(たしかにレースは終わったけれど)。というわけで、次回「TOJに行ったリポート(おまけ)」に続く。
2005.05.24 10:39 | corsappoi | trackback(0) | comment(0) |
TOJ(ツアー・オブ・ジャパン)の東京ステージを家族で見に行った。息子がどうしてもというので、ボクも仕事をあきらめて出掛けることにしたのだ。
以下、あくまでもボク目線でのリポートなんだけれど、書き出したらもう止まらなくなってしまった。だから、前半と後半に分けることにした。ちなみに、雑誌で書いていた頃のようなレースリポートとはまったくの別モノなので、あまり期待しないでいただきたい。

電車を乗り継ぎ、品川駅で下車。京急デパートで用意周到にお弁当を買い込み、バスに揺られて11時半すぎに大井埠頭に到着。まだまだレースは中盤に入ったばかりという段階で、何人かの選手が逃げている状況だ。逃げの集団にはキナン橋川選手も含まれていると知り、ちょっと嬉しくなった。ベテラン選手の活躍は、ボクらの世代にとってこのうえない励みになる。頑張れ、橋川選手!
12時ちょうどに息子が「お腹がすいて死にそうだ」と騒ぎ出すので、仕方なくお弁当を食べることに。みなとが丘埠頭公園のステージ奥のベンチに腰掛け、激しく反響しまくる今中氏の実況をBGMに、優雅にランチをいただく。息子はまるでフランス貴族のように、一時間近くかけてランチを食べ終えると、今度は「もっと奥の方まで探検しよう!」と来た。昔は毎日のようにシクロクロスで攻めていたほどの勝手知ったる場所なので、息子を案内しながらも懐かしさがこみ上げてきたり。
息子はレース中であることなんかもうとっくに忘れて、やれテントウ虫がどーのとか、お次は団子虫がどーしたとか、付き合ってたらきりがない。
「もういい加減にパパは行くぞ。レース終わっちゃうもん!」と宣言してコースに戻ろうとすると、今度は「おしっこ」と来た。激混みのトイレに連れて行き、やれやれやっとレースが見られると思ったら、今度はワイフが「私もトイレ行くね」と来る。まったく何しに来たんだか……。
オーロラビジョンを臨む格好の観戦ポイントで、サイスポの吉本君を発見。彼と会うのは二年ぶりぐらいなので、それなりにいろいろと話が弾んだ。ピナレロのフルカーボンの試乗車(出来立てホヤホヤ)を持っていたので、ちょっと貸してみぃと取り上げ、飽きたので返した。もうちょっとコースを歩いてみたかったボクは、とりあえず吉本君と別れて北部陸橋方面に向かった。と、しばらくしてワイフが「ねぇ、まだ終わんないの? 帰りに水族館に寄るって言ってたけど、早くしないと終わっちゃうよ」と言い出す。完全に息子と結託している模様。ああもういいよ、と。行きなよ、と。ボクはシャトルバス乗り場まで二人を連れて行って、「ささ、乗った乗った。楽しんできなー」と手を振った。ふうっ、これでもう誰にも邪魔されずにレースを楽しめる。
すっかり身軽になったボクは、ふたたびコースに沿って歩き出した。ほどなく、リタイアしたばかりの橋川選手が自転車に跨って、ゆっくりと走ってきた。まだ苦しそうな表情だ。「やあ、久しぶり」「お元気でしたか」なんて月並みな挨拶を交わしてから、「どうした? さっきまで盛んに逃げてたのに」と尋ねた。「いや、じつは熱がひどくて……」と。ボクは絶句した。橋川らしいとも思った。熱があるにもかかわらずレースに出てしまうのも相変わらずだけど、さらにリーダージャージ擁するバルロワールドが掌握し停滞したままのレースに活気を与えようと逃げを打つ。そういう心意気に久しぶりにふれて、ボクはすぐに言葉を返すことができなかった。「連絡するよ。また会おう」とだけ伝え、まだ湯気の立ち上る背中をポンポンと叩いて別れた。
いよいよレースはゴールのときを迎えようとしていた。橋川選手と入れ替わるようにして、ラバネロの飯島選手、そしてミヤタの三船選手らが先頭集団に加わった。またしてもベテラン勢が活躍している。オーロラビジョンの近くで吉本君と再会。一緒にレースの行方を見届けることにした。
ファイナルラップ、ゴールまであと僅かという時点で、逃げていた先頭集団はついに飲み込まれた。どうなるのか……ハラハラドキドキしながらそのときを待つ。優勝はオーストラリアのサンダーソン選手。さすがオーストラリア、かのマキュエンの国である。続いてカペックのバザイエフ選手ときて、三位にはBSの宮澤選手、四位には、何と先ほどまで逃げていた三船選手が入った。後方集団に吸収された時点で、すでに脚は売り切れてしまったものと思っていたから、これには驚かされた。
ゴールした勢いのまま、三船選手がボクらのいる方に走ってきた。ふらふらしながら目の前を通りすぎる。一仕事終えたベテランの貫禄を見せる彼は、ボクのよく知っている「トホホの三船」ではなかった。四位という成績は彼にとっては不本意だったのかもしれないけれど、それでもヒーローだ。だから、久しぶりに会う彼ではあったけれど、野暮な挨拶はしたくなかった。「お疲れさん!」と小声でつぶやきながら、背中を叩いただけ。あんなので、果たして気がついたかね……。
とにかく、ベテラン選手たちが頑張っていたのは、ボクにとって本当に嬉しいことだった。橋川選手も三船選手も、とても頼もしい、いい顔をしていた。かっこよかった。いいレースを見させてもらったよ。
2005.05.23 08:46 | corsappoi | trackback(0) | comment(0) |
アクセスは結構あるにもかかわらず、相変わらずコメントがつかないという寂しい状況が続いている。なんて思っていたら、非公開コメントをいくつか頂戴していた。非公開コメントは管理ページからしか確認できないために気づかずにいたのだけれど、それらはすべて5月13日のエントリーで、ゲイがどーのとか身の危険がどーしたとか書いたことに対するものだった。残念なことに返信アドレスも書かれていないので、ここでまとめて返事をしようと思う。
2005.05.20 17:28 | journal | trackback(0) | comment(0) |
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このところ、ボクはまるで研究者のように仕事部屋に篭りっきりだ。あまり没頭しすぎるのもいかがなものかと内心では思っている。本当は気分転換に散歩程度はした方がいいのだろうけれど、そんな時間はない。もったいない。だから、せめて音楽(いわゆるBGM)ぐらいは欠かさないようにしている。
ボクの聴き方は、「今日はUK SOULだ!」とか「今日はMOTOWNでしっとりと」とか、その日の気分でジャンルを決めて10枚ほどCDをピックアップし、デスクの上にドサッと積み上げては片っ端から聴いていくというスタイルだ。じつは節操のないことに、ボクはバロック以前のルネッサンスからラップまで何でも好んで聴くという雑食なので、こういうやり方で聴き倒していくのが最も適しているらしい。
「やっぱロックだぜ! ロック命! ロック最高!」みたいな、頭のてっぺんからつま先までロックな人生に憧れないこともないけれど、むしろ雑食的にさまざまな音楽を楽しめる自分の方が幸せだと思う。ただ、何でも受け入れる雑食だからといって、それはこだわりがないということではない。それに、特別な思い入れを抱かずにはいられないアーティストだって存在する。まず、バロックならばバッハだ。これはボクにとって「命」に近い存在かもしれない。ロマン派の時代ではブラームスが最高。とくに鬱に効くらしいから、それっぽい傾向にある人にはお勧めだ。ロマン派の次はいきなり現代に飛んで、ビートルズ、ジョン・レノン、スティーヴィー・ワンダー、ジギーの頃からのデイヴィド・ボウイ、ポール・ウェラー、10CC、レニー・クラヴィッツ……と、これまたきりがないのだが、こうやって名前を列挙してみると、どうもボクは型にはまらないというか、アルバムごとに作風がコロコロ変わるタイプのアーティストを好む傾向にあるようだ。
なかでもとりわけコロコロ変わる代表格がポール・ウェラーといえるだろう。ジャム、スタイル・カウンシルを経て、現在はソロとして活動中の彼だが、そもそもはパンク・ムーヴメントを追い風にモッズ路線をひた進み、それがいつしかロックとなり、スタイル・カウンシルではただのオシャレさんになり、ソロになると今度はR&Bに限りなく近いロックに出戻るという流転の約30年間(まだ終わったわけでははない)。そんな彼の音楽は、半端に聞きかじった程度の批評家たちからは常にこき下ろされきた。「ポリシーが一貫してない」だの「前作に比べて云々」だのと。けれども、ボクには彼の根底にあるスピリッツが理解できるので、誰が何と言おうと聴き続けてきた。ボクにはわかるのだ(気のせいかもしれないが)。彼の表現しようとする音楽のレベルは、おそらくものすごい高みにあって、それがゆえに、往々にしてジャンルの枠組みを超え、ファンの期待するレベルを超え、批評家たちの想像をも遥かに超えてしまうということなのだと。
「ロック」とか「ジャズ」とかいうのは、あくまでも音楽を表現するための手法にすぎない。そもそもがジャンル分けなんて、音楽に経済活動をさせるために後付けしたものでしかないのだ。肝心なのは表現そのものであって、手法ではないはずだ。だから、あるときはパンク系ロック、あるときは正当派のロック、そしてあるときはアシッド・ジャズ、で、何が悪いのか? むしろファンのご機嫌を伺いながら、ファンの期待する程度の範疇に自らの表現を留めておくことの方が不自然ではないのか?

じつは、今日はポール・ウェラーの日(その第1弾)だった。本当は仕事に没頭するべきなのに、そんなどうしようもないことを延々と考えさせられながら、1977年のジャム「In The City」から聴きはじめて、1984年の「Our Favorite Shop」まで来た。そこまで来て、ボクは重大なことに気づいた。「これじゃあ仕事にならん!」という事実だ。まったく余計なことばかり考えてしまうだけでなく、ついつい聴き入りすぎて疲れてしまうのだ。残念だけど、君はBGM向きではないんだなポール君……。
「手を抜く方が疲れる」とは、かのキムタクの「名言」として広く知られるところである。キムタクがそう言ったところで、安易にリスペクトできてしまうようなメンタリティは持ち合せていないけれど、ポール・ウェラーあたりが言ったとなれば話は別だ。素直に「なるほどね」と頷けるだろう。
聴いてもらえるはずだった残りのCDを片付けながら、ボクはあらためてポール・ウェラーの偉大さを確認していた。
2005.05.18 09:56 | my favorite | trackback(1) | comment(4) |
あれからも仕事の合間を見つけては、ちょこちょことアクセス解析を続けているのだけれど、またしても面白い発見があった。GoogleはGoogleでも、どうにも見慣れない言語(svenska)を使う国からのアクセスがあったのだ。およそ今まで目にしたこともないようなIPアドレス。アクセス元はGoogle-Sverige、つまりSwedenである。この北欧家具マニアを自認するボクでもすぐには気づかなかったぞぉ、憎いねスウェーデン! で、ボクはなんとなく誰かと繋がった感じが嬉しくなって、結構リアルにその相手方の場景をイメージしてみることにした。
とりあえずは寒いんだろうな、スウェーデンだし。ストーブのある温かい部屋にパソコン。傍らにはぴかぴかのロードバイクが置かれていて、一年を通じてもほんの僅かしかない出番をじっと待っている。その自転車少年は、雑誌を見て大ファンになった世界屈指のスプリンター、ペタッキのことをもっと知りたくて、Googleの検索窓に「fassa bortolo」と打ち込んだ。
いや待てよ、ペタッキ好きはペタッキ好きでも、抜けるように肌の白い金髪少女かも知れないな。それにもしかしたらペタッキではなくて、むしろカンチェッラーラがお目当てだったりして。そう考えると、場合によってはクラシックレースのテレビ観戦が何よりもの楽しみという中年太りのオッサンの可能性も否めないなぁ……。
そうなると急に、傍らに置かれていたはずの自転車の存在は怪しくなるし、暖かい部屋のパソコンも見当違いのような気がしてくる。そもそも寒い時期かどうかさえ疑わしいではないか。そこで、余計な詮索はやめることにした。すくなくとも、顔も性別も年齢も何も知らない遠い異国の誰かが、細い細い電話線を経由してボクのブログにアクセスしてきたというだけで、それはもう十分にすごいことなんだから。
ところでその正体不明のスウェーデン人は、漢字とひらがなと淫語の並ぶボクのブログにアクセスして、はたして満足いく結果を得られたのだろうか。
2005.05.15 20:35 | blog | trackback(0) | comment(0) |
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