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昨年末に亡くなった叔父の葬儀に行ってきた。
東京に珍しく雪が降り積もった12月29日。その日の晩、雪掻きをしている最中に心臓発作を起こして倒れたらしい。家人も気づかぬまま、翌朝になって雪の上で発見されたときにはすでに虫の息だったそうだ。
享年74歳といえば、べつに早すぎるということにはならないのだろう。でも、叔父は若い頃から山岳登山で鍛えていたこともあり、まだまだこれからという活気がみなぎっていた。それだけに、訃報を受けたときのショックは大きかった。
葬儀は派手さもなければ豪華でもなかった。でも、大勢の参列者が集まっていた。親類縁者をはじめ、仕事の関係者、登山仲間等々、予想以上に人が集まり、急遽、座席を何十席か増やしたほどだった。海外の企業とのやり取りを50年も続けてきたこともあり、はるばるニューヨークから弔辞を述べにきた人もいたほどだった。

叔父は尊敬できる人だった。家族を愛し、犬を愛し、山を愛し、音楽を愛し、仕事を愛していた。そして何よりも、知性にあふれる国際人だった。
ボクは高校の時分、かなり荒れまくっていた。そんなどうしようもないボクをずいぶんと心配し、気にかけてくれていたらしい。たまに会ったときにも、ボクを一人前の大人として認め、相対してくれた。心の広い人だった。
20代の頃に自転車の事故で頭を強打し、二日間も昏睡状態が続いたことがあった。結局、頭蓋骨にヒビが入った程度で事なきを得たものの、周囲からは「もう自転車は危ないからやめてくれ」と散々だった。そんなときも、叔父はにこやかな表情でボクの話を聞き「まあ、好きなんだから、しょうがないよね」とだけ答えた。ボクと同じ世界を持っている人だと思い、嬉しかった。
ボクは東京で生まれ、東京で育ち、現在も三鷹に住んでいる。世田谷に住んでいた叔父は、会うたびに必ず「近いのだし、いつでも遊びにいらっしゃい」と言ってくれた。結婚し、また息子が生まれてからは「いつでもいいから、家族みんなで遊びにいらっしゃい」と言ってくれた。毎年の年賀状にも、いつもその旨が記されていた。ボクは近いのだから、いつでも遊びに行けると思っていた。遊びに行ったら、いろいろと話をしたかった。たくさんの話を聞きたかった。叔父のことをもっともっと知りたかった。でも……不義理を重ねるばかりで、何も返すことはできなかった。
そんな様々なことを、一時間ほどの葬儀の間、ずっと考えていた。牧師の話など、まるで耳に入らなかった。

参列者全員で賛美歌を歌う段になって、あらためて、叔父がクリスチャンだったことを思い出した。ボクは今までの感謝の気持ちを伝えたくて、声のかぎりに歌った。

賛美歌461番 『主 我を愛す』

1.主 我を愛す 主は強ければ
  我 弱くとも 恐れはあらじ
  我が主イェス、我が主イェス
  我が主イェス、我を愛す

3.御国の門を 開きて我を
  招き給えり 勇みて昇らん
  我が主イェス、我が主イェス
  我が主イェス、我を愛す

歌いながら、この賛美歌がじつは「残された人」に向けられたものであることに気づいた。
勝手な解釈であろうことは重々承知しているけれど、叔父は突然の死を悔やむボクのために、クリスチャンであるボクに一番わかりやすい形で、最後のメッセージを伝えてくれたのではないか。そう思わずにはいられなかった。
叔父さん、最後までありがとう。
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2005.01.15 22:33 | family | trackback(0) | comment(0) |












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