corsappoi blog

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あまりにも突然に、悲しい別れが訪れた。我が家の愛犬ベルナールが死んでしまった。この世に生を受けてわずか1年と7カ月という早すぎる死だった。こんなにも悲しい気持ちのままブログに書くべきかどうか悩んだのだけれども、起こったことを詳細に記し、やりきれない気持ちをありのままに綴ることで、すこしは悲しみも癒えるような気がするのだ。こんなボクの独善に付き合えるという人はどうか読んでいただきたい。ダークな気分になりなくないとか、この手の話がつらいという人は遠慮なく読み飛ばしてほしい。あくまでもこのエントリーの記事はボク自身のためだけに書くつもりだ。そのことをあらかじめご了承いただきたい。

18日のこと、ワイフは幼稚園で息子をピックアップしてから吉祥寺に買い物に行くと言って家を出た。ボクは外で打ち合わせするような予定もないので自宅で原稿書き。4時頃になって、ちょうど筆が止まってしまったこともあり、気分転換にベルナールを散歩に連れて行くことにした。いつもと変わらぬコースを、いつもと同じように一時間ちょっとかけて、のんびりと歩いた。いつもと違うことといえば、天気が今ひとつだったために少々寒く感じられたぐらいか。
家に帰り、ベルナールの脚をきれいにしてやってからリビングにあるケージに入れた。ボクはもう一度玄関に戻って、汚れた床やリードを雑巾で拭いてきれいにして、ついでにトイレで用を足した。水洗トイレの水がタンクに溜まり、徐々に静かになっていくと同時に、聞き慣れない音が遠くの方から聞こえてきた。「カタカタカタカタカタカタカタカタ……」と、小刻みに震えるような規則的な音。嫌な予感がして、急いでリビングに向かう途中で「キャイーン!」という苦しそうな叫び声が聞こえた。家の中では絶対に吠えないベルナールが、喉の奥から絞り出すような声で必死に助けを求めているのがわかった。リビングのドアを開けたボクの目に飛び込んできたのは、口から真っ白い泡を吹き、背中を弓なりに反り返らせて痙攣するベルナールの姿だった。
「ベル! どうしたっ!」と叫びながら駆け寄り、ケージからベルナールを両手で抱えて取り出す。と同時に、全身の力が一気に抜けて「だらーん」となってしまった。すべての関節が外れたかのような状態で、舌は垂れ下がり、瞳孔も開いている。口の泡を取り除いて気道を確保し、蘇生を試みる。何度も、何度も、何度も繰り返した。必死だった。「ベル! 戻ってこい! ベル!」と、肺に空気を送り込みながら何度も叫んだ。ボクの言うことなら、どんなことでも従うはずのベルナールなのに……戻ってこない。
時間にして30分ほど格闘しただろうか、無我夢中だったので正確にはわからない。でも、「ありがとうパパ、もういいよ。ボクはもう行くよ」というベルナールの声が聞こえた気がして、ボクも闘うのをやめた。そしてまだ温かい身体をギュッと抱きしめ、「助けられなくてゴメンな」と何度も謝った。ベルナールの発作がはじまってからボクが来るまで、いったいどれくらいの時間が経っていたのだろう。誰もいない部屋で、心臓が止まるのを必死に堪え、ひたすらにボクが助けに来るのを待っていたベルナールを考えると、もう涙が止まらなかった。苦しくて、つらくて、何よりも不安だったに違いない。だからボクが両手で抱きかかえ、ボクの手のひらに包まれたことがわかって、彼はきっと安心したのだろう。命を繋いでいた線がプツッと切れて、そのまま逝ってしまったのだと思った。
ボクは買い物中のワイフに電話をかけ、ベルナールが死んだことを伝えた。ワイフは状況が飲み込めずに「なんで、なんで……」と繰り返すばかりだった。「とにかく急いで帰ってこい。まだ温かいうちに抱いてやれ」と言って電話を切った。買い物を中断し、吉祥寺の東急の前からタクシーを飛ばして帰宅したワイフと息子は、ぐったりとしたベルナールの姿を見るやパニックに陥った。ワイフは狂ったように泣き喚き、自分の身体をボカボカと叩いた。息子は、ボクですら今まで聞いたことのないような声をあげて泣いた。「ベルー! ベルー!」と名前を呼び、泣き崩れるワイフと息子に、ボクはそれまでの一部始終を説明し、親子三人でベルナールを囲んで延々と泣き続けた。

ベルナールはボクの家族の一員だ。ボクの家族は「チーム」という共通認識があるから、ベルナールもそのチーム員として誰もが認めていた。チームリーダーはボク、エースは息子だ。リーダーたるボクが采配をふるい、エースたる息子の活躍のために一丸となる。そのことをベルナールもよく理解していた。たとえば散歩しているとき、ベルナールは常に息子の動きに目を光らせていて、息子がちょっとでも先に行ったり車道にはみ出してたりすると、リードを強く引っ張ってボクに知らせた。一緒に山登りをすればかならず息子の横にピタッと並び、自分は危険な崖側を歩いて息子をガードする。完璧なアシストだった。
息子も息子で、ベルナールの献身的なアシストぶりを理解していたから、とても可愛がっていた。とくに一人っ子の息子にとってベルナールは弟のような存在であり、血のつながった兄弟のように仲が良かった。粗相をしてボクに厳しく叱られるベルナールをかばうのは、いつもきまって息子だった。「ベルもわかったと思うから、もう許してあげてよパパ」なんてセリフを何十回、いや何百回聞いたことか。ボクに隠れてこっそりとジャーキーを与えたりもしていた。気づかないフリをしていたけれど、じつはちゃんと知っていたんだ。でも、彼らが兄弟のように仲良くしてくれるのはボクにとっても最高に嬉しかったから、見て見ぬフリをしていた。
ワイフはボクから見ると間違いなくアシストだと思うんだけど、本人はディレットーレのつもりらしい。でも、餌やりもトイレの掃除もちゃんとやるような、現場寄りのディレットーレのようだ。家族の中で一番甘やかしてくれるのはワイフだったから、三人で一斉に「おいで!」と声をかけると、大概はワイフのところへ走っていった。ワイフは「生後一ヶ月でママと引き離されたんだから、その分、私が甘やかしてあげないと」と言っては、ボクからすると呆れてしまうようなバカッ可愛がりをしていた。
家族の誰もが、真剣に、本気でベルナールと向き合っていた。これから先すくなくとも十年以上は、ずっとベルナールと一緒に歩んでいくつもりだった。もっともっと、一緒にいられると思っていた。だから、ベルナールの死を誰も受け入れられなかった。悔しくて、心残りで、可哀想で、涙が枯れることはなかった。
息子を寝かせてから、ボクとワイフは夜通しベルナールにまつわるさまざまなことを語り合った。なぜこんなにも早く死んでしまったのか、はたしてその短い生涯は幸せだったのか、もっとしてやれることはあったのではないか……。次第に弾力を失い、萎縮していくベルナールの身体を撫でながら、死を現実のものとして受け入れざるを得ない残酷さに幾度も泣き、泣き止んではまた語り合った。答えなど出なかった。

ボクらがベルナールに対して抱いているイメージは、ヤンチャで活発で元気で人懐っこい犬というものだ。いつも楽しそうに動き回り、尻尾を勢いよく振っては、ボクらを和ませてくれる。そういうベルナールの姿をいつまでも忘れずに、できれば鮮明に憶えていたいと思ったから、死んでしまった以上はなるべく早く火葬してしまおうと決めた。だから、今日はベルナールとの最後の夜ということになる。ボクは残された時間を惜しむように、ベルナールの背中を撫でながら添い寝した。


ここまで書いておいて申し訳ないが、今のボクにはこの続きを書く心のゆとりはない。きっと書ける時期がくると思うので、またそのときにでも。
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2005.02.19 23:25 | family | trackback(0) | comment(7) |
ブログをはじめてから一ヶ月とちょっとが過ぎた。カウンターも設置したことで、どういうルートからどれぐらいの人数が来て、そのうちのどれぐらいの人が表面的な変化を与えてくれるのかということも何となく掴めてきた。オーディエンスの顔もおぼろげながら見えてきたような気がする。BlogPeopleやMyblogなどのツールの設置から、ちょっとしたスタイルシートのカスタマイズもこなせるようにはなった。
何よりも自分自身が大きく変わったなと感じるのは、他所様のブログにつけるコメントの内容だ。ブロガーになる前とはだいぶ違う気がする。お恥ずかしい話だけれど、以前に自分が書き込んだコメントを読み返してみても、それが本当に自分の書いたものなのかと疑いたくなるようなものもあるほどだ。それが意味するのは、つまり今までは結構通りすがり的な軽い気持ちでコメントしていた可能性も否めないということだ。不用意な発言で困惑したブロガーの方もいたことだろう。この場を借りて、お詫びしておきたい。今、一人のコメント者からブロガーという立場になって、あらためてコミュニケーションの難しさを感じたりしている。
で、こんな大層な前フリをしておいて何が言いたいのかというと、いや全然大したことではない。とりあえずスキンなんぞを変えてみたというだけのことである。何となく気分転換……いや、これもチャレンジということで、頑張ってみた。既存のスキンをいじっただけなんだけどね。
一応、Win98 & 98SE & XP ×IE6SP2、XP×Opera7.0、MacOS8.6×IE5.1 & Netscape7.02あたりで確認したが、問題なく表示された(ボクの手持ちの限界)。唯一 MacOS8.6×Opera6.03で一部文字化けが発生した程度。ちなみにすべて解像度1024×768の32bitだ。何か問題があったら、気軽に指摘していただきたい。
2005.02.16 23:39 | blog | trackback(1) | comment(8) |
ボクは打ち合わせなどでほとんど毎日どこかに出掛けるのだけれど、実務的な仕事は自宅でこなしている。自宅にいても仕事中なのであって、つまりお休み(遊べる)ではないのだけれど、子供にとってはその違いがわからない。これは在宅仕事をするうえでの厄介な問題の一つだ。ボクと同じように悩んでおられる方も多いことだろう。
我が家は結構厳しく躾けているので、五歳になった息子もようやく「諦める」ということを知ったようだ。「ダメなものはダメ」である。リビングで遊んでいたりして、どうしてもパパに伝えたいことがあったのだろう「パパー!」と叫びながら廊下を走ってくる途中でハッと思い出し、無言で戻っていく気配を感じることも多々ある。そういうときは、キリのいいところまで仕事をやっつけてからリビングに行き、「どうした? 何があった?」なんて聞くようにしている。それで十分だと思っている。
しかしそんな厳然たる態度で息子と対峙する平日のボクではあるのだけれど、どうしても心動かされるアプローチというのはある。
「ねぇ、お天気もいいしさ、パパと一緒に自転車乗りたいな……」
これだ。自転車乗りであるボクにとっては堪らないアプローチ。すべてに目を瞑り、すべてを許容してやりたくなる最強の一言だ。妻子持ちでない人には理解しにくいかもしれないけれど、たとえば意中の女性に「あなたしか知りたくないの」なんて潤んだ瞳で囁かれるようなレベルとでも解釈してほしい。
ダメダメなボクはそんな甘言に心揺さぶられて、今日も平日だというのに息子と自転車を楽しんでしまった。今のところ仕事もそんなに忙しくないし、たしかにいい天気で暖かいから、まっ、いいか、と。ワイフも「今日はこれから吉祥寺にお買い物に行きたいから、ちょっとだけ面倒見ててあげて」なんて言う。いつもならば「ちゃんと面倒見ろよ!」と食ってかかるのだが、ボクもすでに自転車モードである。「うんうん、行っといで」なんてニコニコ顔で答えるのだ。
お昼過ぎには仕事の区切りをつけ、ロードレーサーのタイヤに空気を入れて出発。今回のプチ・ツーリングのテーマは「玉川上水を少しでも遠くまで走る」だ。前回、はじめて一般道を走った際にも、玉川上水沿いにかなり進んで行ったのだが、今回はそれを上回る距離にチャレンジしようというのだ。
玉川上水は三鷹駅を横切るように流れている。今日はその三鷹駅南口を起点に走りはじめた。前方確認、一時停止、キープレフトと怠ることもなく、一般道走行の基本はすでにマスターしたようだ。二回目にしては上出来といえよう。玉川上水に沿ってひた進み、ほどなくイノコウの西園に到着した。ボクがベンチで休んでいると「もう行こうよ。はやくデコボコ道のところに行こうよ」としつこく促される。仕方なく10分ほど休んで、再び走りだした。
息子は水を得た魚のごとく、すいすいと悪路を突き進む。段差に斜めに進入してハンドルを取られ、転倒したけれども泣かなかった。すぐに起き上がって何事もなかったかのように走りだす。どうやら楽しくて仕方ないらしい。道の両側から木が張り出しているようなところでも、左右に5cmずつのスペースを残してクリアすべく、ちゃんとラインをトレースしている。そういった難所をクリアしたあとでは必ず後ろを振り返り、ボクがちゃんとついて来れているか確認する余裕まで見せてくれる。
ずいぶんと走り、三鷹市と杉並区の境となる牟礼橋まで来た。今日はもうここまで。ちょうどワイフから携帯に電話が入る。吉祥寺で買い物が済んだから、これからこちらに来て合流するのだという。イノコウの西園で待ち合わせをした。早速「牟礼橋まで来た記念」の写真を撮り、引き返すことに。
西園に着いてしばらくベンチで休んでいると、ワイフが楽しそうに手を振りながらやってきた。何やらいろいろと買い込んだものを抱えている。
「はい。バレンタインのプレゼント」と言って、ボクと息子にそれぞれマフラーとチョコをくれた。いやマフラーについては何か編んでいるらしいことは察知していたけれど、バレンタインデー用だとは気づかなかった。吉祥寺に買い物というのも、パルコの横にある例のベルギーのチョコ屋に行くためだとは思わなかった。ボクも世間一般的な職場における2月14日のウキウキのようなものとは距離を置いて久しいので、てっきり2月14日は「パンターニ命日」としてのみインプットしていたのだ。
こんな状況を予想だにしなかったボクは、あまりにも嬉しかったので舞い上がり、ついつい調子づいてワイフに聞いた。
「愛してるのか」と。
ワイフは「うん」と答えた。なんだそうかそうだったのかぁ、いやそれは知らなかったよとーさん参ったなーもーペシペシと。たまにはこういう日があってもいいのかもしれない。

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2005.02.14 23:29 | family | trackback(0) | comment(6) |
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いや正直、あいしがこんなにも義理堅い男だとは思わなかった。
なんたって、ボクに「メールしますから」と言って、その後二年間も音沙汰なし。あとになってボクが「いやメールしますって言うからさ、あれからずっと常時接続でOutlook開いたままモニターの前で二年間も今か今かと待ってたんだけどな」と言うと、「あれっ? ボクそんなこと言いましたっけ?」なんてすっ呆けるものだから、ボクの中でのあいしは「いい加減な口先男」に成り下がっている。
で、先日のエントリーでのやりとりがあって、それでもボクのあいしに対する認識は変わらぬまま今日に至っているのだけれど、今日、息子のバイオリンのレッスンの最中にゆうパックが届けられた。
差出人はあいしだ。先日のやりとりなんてすっかり忘れていたボクは、何か気の利いた自転車パーツか、もしくは爆弾か何かかな……なんて邪推しつつ開封。すると、中から出てきたのは例のSETAROだった。おおっ! ありがとうな、あいし。疑ってゴメン。そのうち極上の素材とともにいただくことにするよ。
ところで箱の裏書き、スゴ過ぎなんだけどね。どう解釈すべきなんだろうか。

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2005.02.13 14:16 | journal | trackback(0) | comment(2) |
夜中にサイスポの菊地ちゃんとメールでやりとり。「メシでも食わない?」「いいっすねぇ」みたいな内容なんだけど、最後に送ったメールにこんなことを書いて送信ボタンを押していた。

>ちなみに今日はこれから寝て
>起きたら多摩川~稲城あたりを走る予定です。
>目処がついたら電話でもしてみてください。


だって。どうやら走るらしいよ、ボク。自分でもよくわからないんだけれど、とにかく書いていた。
ということで、書いてしまった以上は仕方がないので、不本意ながら前日に続いて走ることにした。不本意ながら、書いてしまったとおり多摩川から稲城に向かう。前日以上に暖かくて、春の匂いがプンプンしていた。ただそういったほんわか気分とは裏腹に、四ヶ月ぶりぐらいに使ってボロボロになった筋肉がまだ回復しているわけもなく、もう桜ヶ丘カントリー沿いの長い上りで脚はパンパンに。あまりにもつらいので、上りきったところにある多摩東公園のベンチで横になることにした。じつはそれが運の尽き……。

なんだかミョーに寒くて目が覚めた。ボクはぽかぽか陽気のせいと睡眠不足と疲労のせいで、ついうっかりぐっすり寝てしまったようなのだ。時計で確認すると、どうやら無防備なあられもない姿で一時間半もシエスタをむさぼっていたらしい。先ほどまでの陽射しはなく、空はどんよりと曇っている。寝て起きたばかりというのもあるけど、とにかく寒い。早々に自転車に跨り、走り出すことにした。
走っているうちに身体も温まり、隠れていた太陽も時折顔を覗かせるぐらいに天気は回復した。しかし、ボクはむしろ時間が気になっていた。じつはそのあとの予定が結構あって、夕方から打ち合わせのために都心に出なくてはならないのだ。予想外のシエスタで失ったタイムロスを取り戻すべく、個人タイムトライアルよろしく飛ばしまくる。しかし少々無理しすぎたようで、多摩川から三鷹通りに入ってからは、ひたすら「スパゲッティ……スパゲッティ……」と呪文のように唱えながら必死に自宅を目指した。
「ただいまー」のつもりで「スパゲッティ!」と叫んでしまうほどスパゲッティがすぐに食べたかったのだけれど、茹でたてのスパゲッティはおろか、ワイフすらいない。こういうときっていうのは、そういうものなのだ。仕方なしにコルサないでたちのまま、具がしし唐だけという無愛想なスパゲッティを作って食べる。急いでシャワーを浴び、急いで服を着て家を出た。


代々木にオフィスを構えるクライアント先にて打ち合わせ。時間に間に合ったという安堵感からなのか、それとも単に疲れているのか寝不足なのか、とにかく退屈で眠い二時間だった。打ち合わせ中は「早く家に帰って寝たいなー」なんて思っていたのだけれど、不思議なことに終わったとたん眠気も失せた。
とりあえず新宿駅南口の甲州街道裏にあるSegafredo ZANETTIでカプチーノを飲む。時計を見ればまだ七時だ。ボクはすぐ近くに知り合いの事務所をがあったことを思い出し、電話を入れてから徒歩で向かった。
知り合いというのは、某自転車雑誌の編集部で一緒に働いていたスタッフだ。一人はイラストとDTPを担当していたくろけん氏現在はイラストのほか、FLASHアニメ、WEBデザインなどもこなす。もう一人は営業を担当していた和田やんだ。職人気質で営業力に欠けるくろけん氏と、実務は不得手ながら口は達者という和田やんが手を組み、同じ事務所の中で仕事をシェアする関係だ。
ミーティング用のテーブルにビールとつまみを広げ、まだ傍らで仕事をしているスタッフの人に多少の気を遣いつつも盛り上がってしまう。お互いの近況報告にはじまり、オカルト話の流れからいきなり人生観を語ったかと思えば、ライブドアのホラえもん問題ではミョーな社会派になり、世間一般的なブログ論から自分たちが運営するブログにまで話が及んだ。
ボクもくろけん氏も和田やんも、それぞれに自分なりの見解があって、また互いにそれを譲ることはない。「そうだよね。ボクも一緒だよ」なんて無意味に馴れ合うこともない。ボクらは別に自分を曲げてでも同意することで連帯感を得ようとするような人種ではない。自分とは異なる意見だからこそ聞く価値があるのだということも知っている。あっという間に時間がすぎていった。
そろそろ終電という時間になってやっと「やっぱ眞鍋かをりのブログは最高におもしろいよね」との合意に達した。
じつはくろけん氏も急ぎの仕事を片付けないといけないはずだったのだけれど、最後は焼酎にまで手を出させてしまった。社内宴会でここまで盛り上がれるとは意外だった……。いや、ホント仕事の邪魔して申し訳なかったけど、とても有意義で楽しかった。

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和田やん所有のコニカミノルタのDiMAGE A2を酔っ払って手ブレまくりで撮影。だって結構焼酎飲んじゃったんだもーんということでお許しいただきたい。DiMAGE A2で撮ったならば、手ブレ補正機能が効いてこんなことにはならないのだろうけれどね。
ちなみにコレ、35ミリ換算で22ミリ相当という超大口径ワイドコンバージョンがセットされている。8メガピクセル、光学7倍ズームなのにF値もF2.8~F3.5という高スペック。しかもファインダーの角度調整ができるので、真上から下向きに覗くようにセットすればまるでハッセル使いのような姿勢で撮影可能だ。ほかにもオタク心をくすぐる機能満載で、思わず欲しくなってしまったよ。
2005.02.10 11:41 | journal | trackback(0) | comment(8) |
目が覚めて外を見ると、薄曇りの様子。
昨夜、東京自転車生活さん多摩サイ日記を見たおかげで、走りたい願望がピークに達していた。空を見上げてしばし迷ったものの、やはり敢行することに。
nasubiさん的に言うならば「なりきりファッサ」、しかもボンディングとサーモドレスによるコルサっぽい完全装備で多摩川へ出発した。
と、走り出して気づいたのだけれど、いつもと何かが違う。明らかに違う。あ、今日は天気が天気だから、いつもと違ってイエローレンズのサングラスしてるからかな? とかいろいろと考えて、多摩川に着いたあたりで気がついた。ほんのりと、春の陽気なのだ。空気が、匂いが違う。そのことに気づいたとたん、もう脳みそまで春の陽気になった気分。いつもよりペダリングも軽やかに、あっという間に是政橋に着く。冬場は多摩サイのみと決めているのだけれど、絶好調な陽気にスピニング全開で気をよくしたボクは、そのまま左折して稲城に向った。
稲城はボクにとって、さまざまな思い出が詰まった場所だ。大学時代に稲城の近くに住んでいたこともあり、買ったばかりのフルカンパ仕様のPIAGGIO Bianchiを駆って一帯を走り回っていた。当時まだ未開拓だった稲城は、ロードレーサーにとって天国といっても過言ではなかった。街道のダンプが落としていく砂利が路肩に溜まり、そのせいでコケたりすることも多かった。でも、それも楽しいうちだった。純粋に、心底自転車に乗ることを楽しんでいた時代。もうかれこれ20年以上も前の話だ。
そのうちアルファビルというチームができた。日曜日の午前中に大井埠頭に集まって10周するのが基本なのだけれど、やがて本気でレースに取り組むメンバーも増えてきた。そこでボクは平日の練習にお勧めのコースとして、連中を稲城に連れて行ったのだ。みんな稲城に通いはじめ、ハマった。そしてボクも知らなかったような名所を次々と見つけてきては、勝手にネーミングするようになった。たとえば「稲城のロンバルディ」。周囲の景色や荒れた路面なんかが、いつかミロワール誌で見たロンバルディそのものだったことに由来する。今でもその道路は存在するものの、がけ崩れだかなんだかで通行できなくなってしまった。あとは「ロータスの壁」。ご存知ベルギーのレース、リエージュ~バストーニュツール・デ・フランドルの名所「コッペンベルクの壁」をもじったようなネーミングだけど、稲城に何箇所かある壁のような激坂のなかでも、最も勾配がきつくて長い直線の坂だ。で、その坂の途中にロータス・ヨーロッパがいつも停まっていたからというのが由来らしい。いずれにしろ、安易で子供っぽい印象は否めないのだが……。そんなふうに、ボクらは愛着をもって稲城に通っていた時期がある。
楽しい時間はあっという間にすぎる。1990年に日本で自転車世界選手権大会が開催された。そのお祭り気分の余韻が冷めるのと同調するかのように、ボクにもアルファビルの連中にも変化が訪れた。
ボクは自転車雑誌の編集者になった。土日はもっぱらレース取材。自分の担当するリポートやインプレの取材で走ることはあっても、それは仕事のためだ。いつしかボクは仕事のためだけに走るようになっていた。
中野(yottan)はサーティワン・ジャイアントに移ってしばらく走ったけれど、早々に選手としての自分の力量に見切りをつけて引退。小守スポーツマッサージを経てイタリアへ渡った。ビアンキ好きが高じて、自由が丘にLa Galleria Bianchiなるイタ飯屋を開いたヤツもいる。上野にあるY系列の自転車店ASAZOの現店長も、ボクらの仲間の一人だ。それ以外は業界的な公人ではないのでここでは控えることにするけど、みんなそれぞれに自分の人生を見つけ、歩んでいる。
あの頃は楽しかったな……と、久しぶりに稲城に向う途中、ボクはそんな様々なことに思い巡らし、ノスタルジックな感傷に浸りながらペダルを回していた。

で、肝心の走りはどうだったのかというと、いやそれはもう久しぶりですから。いきなりの激しいアップダウンにヒーヒー言わされ、ボクの体内は春の陽気を通り越して初夏に近かったような。
あくまでもイメージしていたのは、jinxさんみたいな走りの実現だったのだけれど……。

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2005.02.09 20:05 | corsappoi | trackback(1) | comment(6) |
コルサっぽいようで、じつはまるでコルサっぽくない話。
いや、むしろこれがコルサの現実なのかもしれないけれど。

masciclismoさんに衝撃的な記事が掲載されている。
昨年からドープ疑惑の話が続いている「ミスター・パリルーベ」ことヨハン・ムセウだけど、彼と獣医師とのSMSによる交信記録が暴露されたらしい。決定的な証拠になってしまうのかな……。

正直、つらい。
白か黒かという問題以前に、彼の名前がそういう形で取り上げられることそのものが、ボクにとってはとてもつらい。
ドープ絡みでは、最近もランス・アームストロングの名前が挙げられたばかりだ。単なるやっかみや嫉みだったり、もしくは恣意的に情報が流されることも多いのだけれど、本当のところは本人にしかわからない。いずれにしろ、誰かを陥れる目的でその手の情報を氾濫させる行為は許しがたい。もちろん、それ以上に許せないのは、悪魔に心を売った選手が名だたるビッグレースで勝ってしまうことだ。勝たないまでも、ボクらが憧れる世界最高峰のレースを何食わぬ顔で走っていることだ。
老骨に鞭打ちながらも現役で走り続けるムセウの姿に、ボクらの世代はどれほど励まされたことだろう。彼の走りに勇気と希望を見出し、自分も負けじと強くペダルを踏み込んだことなんかを思い出したりするから、なおさらつらいのかもしれない。


2005.02.08 23:10 | corsappoi | trackback(0) | comment(2) |
ここのところ世間を賑わせている郵政民営化について、社会派な視点からツッコミ入れてやろうというつもりはない。と思って書きはじめたんだけれど、一言二言、やっぱり言わないわけにはいかないな。
ボクは郵政民営化には賛成だ。とくに問題なのが郵貯。一部の特権階層の連中のマネーロンダリング機関のように使われている観が否めないからというのが一番の理由だ。ブラックボックスだった郵貯の蓋を開けられると困る連中と、こじ開けることで相手を蹴落とし覇権を奪おうとする連中の綱引きを見ていると、結構滑稽で楽しいなと感じたりもする。どっちもどっちなんだけど、一度その中味を見てみたいものだという好奇心の方が勝る。国民年金も厚生年金もNHK問題もそうだったけど、巨大マネーがシステマチックかつオートマチックに集まるようなところには、良からぬ巧みをする猛者が群がり、ひしめきあっているものだ。
とは言っても、さんざん郵貯の甘い汁を吸ってきた連中にはほとんど実害は及ばないというのも世の常なんだけど。上手く立ち回れなかった誰かがスケープゴートにされ、吊るされ、叩かれ、葬り去られる。「問題の全てはそいつにある。はい、お終い。チャンチャン」といういつものパターンだ。
実際に民営化されることで一番被害を被るのは、末端の職員たちなのだろうな。雨の日も雪の日も台風の中でも、赤カブや赤チャリで走り回る人たちとか。地味ではあるけれど、なくてはならない仕事だからと頑張っている人たちとか。そう考えると、政治的な綱引きをショーに見立ててニヤニヤと観戦しているわけにもいかないんだろうね、と。

いやボクはこれでもかなり社会派なので、語りだしたら止まらない。そろそろブレーキをかけないと、もうどこまでも滑り続けてしまうおそれがある。なのでここまで。いよいよ本題。
ついに、やっとこさ例の本が刷り上ってきた。はぁ……長かった。
これでもう、あの信じられないトラブルを繰り返す中堅印刷会社のアホで間抜けな担当のニヤけたツラを見なくても済むわけで、もうそのことだけでもボクはかなり嬉しい。
刷り直した本のサンプルを手にとって、丁合ずれはないか、カバーの巻き具合はどうか(キツすぎても緩すぎても読みづらい)、懐疑的な眼差しで何箇所か確認する。今度は大丈夫だ。なんだやれば出来るじゃーん……って、ちゃんとやれて当たり前なんだけどね。仕事ですから。
しかし、だからといって「終わった終わったー!」などと浮かれ、開放感に浸りきってていいのかというと、そうではない。その本をアメリカに送る手続きがまだ残っているのだ。ウチは運賃は実費しか貰わない主義なので、そこではじめて運送料金なるものを確認してみたのだけれど……高い、高いよクロネコちゃん。
じつはボクは例の郵政民営化に伴う郵政公社のサービス拡充とやらを実施した際のクロネコヤマトの主張に諸手を挙げて賛成した一人だ。そもそも「民業を圧迫しているから民営化する」というのも民営化を推進する側にとっての大義ではなかったのか。なのに、やっていることは「さらなる民業圧迫」以外の何ものでもない。税制面で優遇されている公社が民間と価格競争し、圧倒的な差をつけて市場を独占しようとするアンフェアな姿勢は、騎士道のスポーツを好むボクには許しがたいのだ。それにクロネコヤマトは自転車に気を遣って運転してくれているようだから、自転車乗りとしては肩入れしたくなるしね。企業姿勢だって素晴らしいじゃない。以下抜粋にて。

【5】 人命の尊重
  ヤマトグループは、人命の尊重を最優先し、常に安全の達成に努めます。
【6】 法の遵守と公正な行動
  ヤマトグループは、常に法と社会的規範を遵守し、高い倫理観をもって公正に行動します。
【8】 働く喜びの実現
  ヤマトグループは、各人が自律性と自発性を発揮し、常に働く喜びに満ちあふれ、社員と家族が夢と誇りの持てる企業をめざします。

言えるだけでも素晴らしいと思うのだけれど、おそらく本気で実践しているんだろうね。だからボクは小包以上の運送はクロネコヤマトに頼むことにしている。頑なに。にしても、高い。海外への航空便でなおかつ書籍という超重量物であり、しかも第三種の郵便物でもないわけだから、これはもうべらぼうに高くなるのはわかっているけれど、それにしても高すぎる。ボクは頑なな心をちょっとだけ和らげてみて、郵政公社のサイトを覗いてみることにした(何とまあ都合のいい)。
すると、何とまあ安いこと。あんたすごい安いよ! まるで叩き売りだね。一冊300グラムの本1000冊で……ほぼ倍近い差が出る。何十万もの金額差を見て見ぬふりして、それでもクロネコちゃんを可愛がるべきかどうかなど、もはや考えるべくもない。
ごめん、クロネコちゃん、本当にごめんよ。君を可愛いと思う気持ちに偽りはないんだけれど、でも今回だけはボクの浮気を許して欲しい。などと未練たっぷり風を装いつつ、三鷹郵便局に集荷予約の電話をするボクなのだった。
こうやって商業主義的なモチベーションに従うことで、ボクの騎士道精神が少しずつ削り落とされていくのだろうな……と、そう考えるとちょっと寂しい気がした。
2005.02.08 19:27 | journal | trackback(0) | comment(0) |
一昨日からカウンターを付けてみたのだけれど、付けてみてからはじめてビツクリした。すごいアクセスあるのね。一昨日の午後六時からカウントしてすでに300アクセスを超えてしまったみたい。なので、顔の無修正モロ出しはやめることにした(ミョーに恥ずかしくなった為)。とくにLIVE STRONGのパクリで作った正面からのモロアップ画像は削除することに。見られた人はラッキー。見られなかった人は残念無念(?)。
しかしアレだね、それほどたくさんのアクセスがあるのに、コメントのほとんどは息子のバイオリンの先生の123さんがつけたものなんだな。すごく不気味なので、みなさん遠慮せずにコメントつけてくださいな。コメントつけたからって、べつに執拗につきまとったりしませんから。

2005.02.06 14:58 | blog | trackback(0) | comment(8) |
土曜日なのにワイフは用事があるというので、息子と二人で過すことになった。天気もいいのでちょっと遠出でもと考えたが、寒いので無難に近場のイノコウ(井の頭恩賜公園)へ行くことに。
ただ、今日はいつもの「イノコウ行き」とは勝手が違う。ベルナールを連れてお散歩とか、フラッカーズの幼児載せで二人乗りして行くとか、そういういつものお気楽極楽なノリではない。五歳の息子にとってはじめてとなる自転車での一般道走行なのだ。
昨年の12月に補助輪ナシにチャレンジして、わずか一時間で乗りこなしていた我が息子(そのときの親バカチックな話はまた別の機会にでも)。その後も幾度となく公園で練習し、今ではクイックターンも軽くこなし、教えてもいないのに立ちこぎしたり、後ろを振り返りながら走ったり、三メートルぐらいの高さの山のてっぺんから凄まじい勢いで下り降りたりできるほどにまで上達した。ボクは「もうそろそろいいかな」とかねてから思っていたのだけれど、ワイフは「何を言ってるの? こんなまだチビっちゃくて可愛いウチの坊やに道路を走らせるなんて……」と甲高い声で異を唱える。これだから母親はダメだ。
タイトルは忘れてしまったのだけれど、ある育児書にこう書いてあった。「子供は冒険することで成長する。その冒険に立ち会わなければならないのが父親だ」と。なるほどと思った。母親だとついつい甘やかしてしまって、冒険そのものをさせてやれないということなのだろう。で、いつかワイフがいないときにでも敢行してやれと、ひそかにその機会をうかがっていたわけだ。
息子は緊張気味だ。「まだボクは小さいからさ。道路を走るにはまだちょっと早いんじゃない?」などと及び腰な甘言をほざくも、強引に揉み消していざ出発。ボクは息子の気分を盛り上げるためにロードレーサー(Time HELIX)で後ろから行くことにした。
息子はすごい慎重派である。まるで自動車教習所並に、安全確認を怠ることがない。優先道路を走っていても、交差点では必ず左右を確認。うむ、それぐらいでよろしい。
かなり広い通りに出る手前、路面に大きい字で「止まれ」と書かれている。息子はすばやくその字を発見すると「止まれ」の「れ」の字のあたりでキュッとブレーキをかけて止まった。ボクもまさかそこまで慎重だとは思っていなかったので、危うく追突しそうになる。
「はい、そこで右に曲がるぞ」「今度は左に曲がるぞ」と後ろから指示を出すのだけれど、どうも右折したあとは右側通行になってしまう癖があるようで、そのたびに「道路の左側だぞ。ちゃんと左の手が道路の端っこ側にくるようにな」とアドバイス。終いには「ひだりがわ……ひだりがわ……」とブツブツと呟きながら走る始末。それでもなんとか無事に、ようやくイノコウに到着した。のんびり歩いたって30分もしない距離なので、自転車ならばおそらく10分程度に過ぎなかったのだろう。でも、感覚的には30分ぐらいかかったような気がした。
自販機で温かい飲み物を買って一息つく。「ねえ、もっと公園の中を走ろうよ」と息子が提案するので、玉川上水沿いにしばらく走ることにした。ボクはロードレーサーのため、シクロクロスの要領でぬかるみや砂利道に気を遣いながら走るのだけれど、息子はブロックパターンの極太タイヤなので楽しそうだ。途中、結構なアップダウンを繰り返しながら、ついに井の頭一丁目のあたりまで来てしまった。ずいぶん遠くまで来た。ボクはてっきり疲れただろうと思っていたら、息子は「ねえパパ、こういうデコボコ道はおもしろいねえ」とニヤニヤした顔でのたまう。はたしてこれは「血」なのだろうか。
来た道を戻っている途中、ボクは息子の走る後姿を見て、凄い事実に気づいてしまった。彼はしっかりした路面での上りは立ちこぎするのだけれど、ぬかるんだ路面の上りでは腰を下ろし、後輪がスリップしないように気にしながらクリアしているのだ。かなり高度なテクニックなのに、教えなくても本能的に実践してしまうあたり、これはまさしく「血」なのだなと実感するボクだった。

イノコウからの帰りすがら、ちょっと小腹が空いたので、いつもの鯛焼き屋さんのたかねへ寄ることに。店の前まで来ると、さすがに冬場の休日らしく20人ほどが列を作っている。
「どうする? 並ぶのか?」と聞くまでもなく、息子は列の最後尾へ。この状況でなおかつどうしても食べたいという場合は、いつもなら店内に入ってしまうところなのだけど、今日はボクはロードレーサーだし、息子の自転車も鍵がついていないのでムリ。仕方なしに息子に付き合うことにした。
しばらく並んで待っていると、息子がボクのジャケットの裾をグイッと引っ張る。ボクは「何?」と訊ねる。
「ほら、コレ見てよ」と息子。そこには壊れかけのヴィヴァンダム人形が。たかねの店先に飾られたオブジェだ。息子はそのヴィヴァンダムのたすきの部分にある刻印を指差して、「これさ、パパの自転車のタイヤにも書いてあるよね」と。いやたしかに。よくそんなマニアックな部分まで観察してるよな……と感心。やはりこれも「血」なのか。


さてさてワイフは帰ってきたと思ったら、またすぐ別件とやらで出かけてしまった。今度は幼稚園の母親だけで集まって食事をする会があるとのことだった。もうほとほと疲れきっていたボクは、晩御飯をこれまた息子と二人で外に食べに行くことにした。近所をふらふらと歩いているうちにLittle Star Restarantという洒落た感じのお店を見つけたので入ることに。店長と思しきホールの人の愛想がやたらといい。ちなみにこの店長、自転車通勤しているらしいのだが、店内にフォールディングバイクが持ち込まれ、ハンドルのところにはヘルメットが下げられていた。とはいっても、べつにマニアさんではないようだ。ボクがたまたま着ていたイタリアのサイクリング・ナショナルチームのシャツとか例の黄色い腕輪に気づくこともなかったので。一方、息子は彼のヘルメットの無数に開けられたエアー・インテークを見て「パパ見てよ、いっぱいの目がこっちを見てるみたいだね。こわいね」と言いながら何度も振り返り、気にしている様子だった。
ビールを飲んで何品か頼んで、御飯セットなるものも二つ頼んで、もう二人ともお腹いっぱい。生春巻きなんかはかなり美味しかったな。で、トータル三千円でお釣りがきた。
さあ、家に着いたらお風呂沸かして寝るぞ! なんて言いながら歩いていると、息子は「寒い……寒い……」とガタガタ震えている。たしかに八時半ともなれば、そりゃ寒い。ボクは体育会的に「いいか、下っ腹にグッと力を入れてみ。寒くなくなるから」と気合で乗り越えさせようとアドバイスする。「下っ腹だぞ、下っ腹。わかるか? おへその辺りな。グッと力入れて」と、おへその辺りを手で示しながら息子に促す。しかし、息子は理解したのかしていないのか、なぜかバツの悪そうな顔をしてボクを見る。「どうした?」と再び訊ねると「エヘッ……下っ腹にグッて力入れたら、おならが出ちゃった……」と。
いや、これは「血」ではないな、たぶん。

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2005.02.05 21:39 | family | trackback(0) | comment(0) |
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ボクの食事の時間はかなり変則的だ。ご飯の時間に合わせて食べるというよりかは、お腹がすいたら食べるという感じだ。べつに声高に主張できるようなことではないんだろうけど、そうなんだから仕方がない。
今日も朝六時に起きてすぐにラテを飲み、一時間ほど犬の散歩をして、戻ってコーヒーを飲みながらメールチェック。ワイフと息子がダイニングで朝食を摂るのを横目に、テレビつけたままメールチェックしながら新聞読みながらボクはコーヒー。で、コーヒー片手に仕事部屋に移り、息子が幼稚園に行ってしばらく経った頃に「あっ、お腹すいたなぁ」とか気づいたりして、ダイニングテーブルに置いてある「何か」を中途半端につまむ。すでにコーヒーの類いをかなり飲んでいるので、もうそれで満足してしまう。ごちそうさま。
次にお腹がすくのはだいたい二時過ぎだ。気分転換したいときなどはデイリーズまで行ってランチを食べるのだけれど、今日はむしろ自宅でのほほんと過ごしたかった。案の定、二時過ぎにお腹がすいたのでダイニングへ。ワイフもいないし、何も作ってはなさそうな気配。冷蔵庫を開けるも、な、何もないじゃんっっ! かろうじて存在が確認されたのは、ハムとハーブのベビーリーフの食べ残し風……だけだ。しかし、これで何か作らなければ死んでしまう。イメージ力を振り絞り、このなけなしの材料で何か作るとしたら、もはやパスタしかないという結論に達した。で、パスタ置き場を見てみると、ありましたよDE CECCOSpaghettiniが! もうね、ディチェコのパスタさえあれば、具材なんてどうでもいいのね。どんな具材でもおいしいし、茹ですぎたっておいしいんだから。
そんなこんなでサクッと作ってみたのがコレ。「カリカリハムとベビーリーフのスパゲッティーニ」。結構おいしかった。

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ワンポイントアドバイス:DE CECCOを購入する際には、Spaghettiは避けること。ありえない太さなので、喉を通らないおそれあり。無難にSpaghettiniがお勧め。ソースものならFedeliniがベスト。スープ系にはさらに細いCapelliniなんてのもある。
2005.02.04 17:26 | journal | trackback(0) | comment(7) |
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Categoryとしてはcorsappoiに分類してみたんだけど、いやもうこれぞまさしくCorsa! 文句なしの正真正銘コルサだ。最近になってツール・ド・フランスにハマりだしたような症状の軽いマニアさんには理解できないだろうけど、ボクのような逝っちゃってる重度のマニアとしては、こういうシチュエーションこそが興奮するのだ。あぁぁ、混ざりてぇぇぇ……でもどうせ置いて行かれるんだろうけどね。
FASSA BORTOLOにいる中野の個人サイトyottan.itのダイアリーにアップされてたのを見て、自分のデスクトップ画像に使えるような大サイズの無修正元画像をくれくれくれーっ! とすぐさまメール。で、チーム合宿中で忙しいにもかかわらず送ってきてくれたのがコレ。すまんな、中野。デスクトップ画像に使いたいという変態さんにはコチラ。1024×768dpiだけど、ちょっと時間があったので作ってみた。一応、Photo ©yottan.it by Yoshifumi NAKANO. ってことで、あくまでも個人的にハァハァ楽しんでくだされ。
2005.02.03 23:32 | corsappoi | trackback(1) | comment(6) |
息子のバイオリンのレッスンをお願いしている音大生の123さん(=某S嬢)の公開卒業試験を聴きに行った。
じつは息子の先生であるにもかかわらず、ボクは123さんの演奏を聴いたことがなかった。練習曲をお手本として弾くのを聴いたことがある程度だ。つまり、タカタカタッタに毛の生えたレベルしか知らない。息子のレッスンをお願いすることになったとき、ボクは「まずは最初に何か一曲弾いてあげてほしいんだ。そうだな……たとえばバッハの無伴奏パルティータとか」などと半ば冗談交じりに提案したんだけれど、どうやら単なる冗談だと思われたのか、見事にスルーされてしまった気がする。だからボクは、いよいよ彼女のマジ演奏を聴けるとあって、期待に胸を膨らませていた。
11時頃の到着目標で、調布の駅にほど近いホールまでワイフと二人で向かった。息子はというと、今日は幼稚園に行かせることにした。彼は二歳の頃からコンサートに連れて行っているほどなので、何も問題ないことはわかっていた。つい先日もドレスデンの聖十字架合唱団の日本公演で「うるさい大人」よりもよっぽどジェントルマンでいられることを証明してくれたばかりだ。しかし、実質的には「卒業記念コンサート」なのだろうけれど、名目上は「卒業試験」である。もしもの百万が一を考えて連れて行かなかったというのが正直なところだ。演奏中の123さんに手を振る、駆け寄る、「せんせ~い!」と叫ぶような事態は想像したくもない。本当は息子にこそ聴かせてやりたかったのだけれど。
ちょっと早めに会場に到着してしまったボクらは、1階のカフェでラテでも飲みながら待つことにした。
「ああ、きっと今頃は緊張でガクブルなんだろうな……」などと123さんの心中に思い巡らしてみる。ワイフも「こういう日って、ご両親にとってもさぞや感慨深いものがあるでしょうね」なんて、お母さんみたいなことを言う。こちらも釣られて、なんだか父親の心境みたいなものが込み上げてきてしまった。いかん……まるで自分の娘の卒業試験であるかのような錯覚に陥りそうな予感すらしてきた。
カフェを出ると、ちょうど第一部の演奏が終わり、10分間の休憩時間に入ったところだった。123さんの演奏は第二部の最初である。座席に腰を下ろし、そのときを待つ。なぜかボクの緊張もピークに達してきた。手に汗かいたりしてるし。
演奏する曲目はBeethoven Violin Concerto, Op.61の第一楽章 Allegro, Ma Non Troppoだ。ああもうそんな誤魔化しの効かないというか、散々弾き尽くされて聴きまくられてるような曲で真っ向勝負するとは! その潔さに「なんて君はブラバーなんだ!」と感心しているうちに、第二部の始まるブザーが鳴った。
会場の照明が落とされ、正面の舞台がポッと浮かび上がる。そこにシルバーがかったグレーグリーンの大胆なデザインのドレスを着た123さんと、ピアノ伴奏の女性が登場した。拍手で迎えられた彼女はこちらに一礼し、調律をはじめた。調律の間、彼女はピアノの方を向くわけで、必然的に彼女の背中が丸見えになった。肩甲骨がとてもセクシーだ。さまざまな感情が複雑に絡み合って、ますますドキドキする。
123さん、大丈夫なのかね。動きはイカリ肩のロボットそのもの。顔は能面のように無表情。というか、むしろ「真正面からすごい風圧を受けて表面のツラの皮がビターッと骨に貼りついたように引き攣ってる」とでも表現した方が適切かもしれない。
いよいよ演奏だ。この曲は、実際はオケによる前フリみたいのがしばらく続いて、散々オケが盛り上げておいてからバイオリンのソロが劇的に入るという流れなのだけれど、今回は前フリ部分は飛ばして演奏された。伴奏が響き、続いて劇的にバイオリンが入る……はずなのだけれど、硬い、硬いよ123さん! 完全に伴奏のピアノに呑まれてしまっている。もっとリラックスして、もっと自信をもって! と大声で声援を送りたいのを堪えつつ、ただただ手に汗握るボク。
しばらくして、バイオリンのパートは小休止に。ピアノ伴奏を聴きながら、彼女はアゴ当てだか肩当てだかを気にしている様子。いや、アンタそんなのが問題じゃないから! と無言のツッコミを入れつつ、彼女が持ち直してくれることを祈る。もう完全に二人目の父親と化しているボクがそこにいた。
再びバイオリンパートに入ると、徐々に彼女の硬さが和らいでいくのが感じられた。さっきとは別人のように生きいきと、伸びやかに弾いている。何よりも、素晴らしくいい音でバイオリンを響かせている。もう安心して聴ける。というかむしろ最後の方ではノリまくっちゃって、逆に思いきりよすぎるぐらい。でも、ホントよかった。いい演奏が聴けた。まさしくブラバーだよ。
彼女のあとに五人の生徒さんの演奏を聴き、そこで休憩時間となった。ボクもワイフもそのあとに用事があったので、これで失礼することにした。ロビーでお手洗いに行ったワイフを待っていると「kuroさーん」と声をかけられた。123さんだった。
「わざわざ聴きにきてくれたんですね。ありがとうございます」
とても晴れやかで、それでいて少し照れくさそうな表情をしていた。
ボクはとりあえず「お疲れ様。とてもよかったよ」と答えた。でも、次の言葉が見つからない。今、人生の大きな節目となる大舞台を終えた彼女を目の前にして、何か「とびきり気の利いた一言」を言わなきゃ言わなきゃと思うほどに、ますます思い浮かばない。で、苦し紛れについつい「ああ、肩甲骨がとてもよかったよ」なんてバカなことをほざき、ワイフにたしなめられるボクなのだった。
2005.02.02 10:14 | journal | trackback(0) | comment(3) |
先日のエントリーでもちょっと触れたのだけれど、その歌集が出来上がった。いや、正確にはまだ「出来上がった」とはいえないな。すくなくとも、カバーは出来上がったということで。

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一見すると何も問題はなさそうだが、外からは見えない部分、つまり中身に問題がある。
これまた専門的な話になってしまうのだけど、丁合(ちょうあい)ズレというやつで、まともな印刷屋さんなら細心の注意を払うべき部分だ。しかし、そのズレの幅が3ミリや5ミリというレベルの話ではないから、もうボクとしては空いた口が塞がらないわけだ。
で、その印刷屋というのが、またしても例の中堅印刷会社なのである。またしてもやらかしてくれたわけだ。もうさすがに会社名を公表したくなってきたね。いいんだ。もう頼まないし。
以下、そのトンチンカンなやりとりをご披露

(電話にて)
ボク:ああ、kuroといいますけど、担当の○○さんお願いします。
営業担当:はい、担当の○○ですー。
ボク:さっき届いたんだけどさ、あれだねぇ、現物は見ました?
営業担当:ええ、手元にあるので、今見てるところですが。
ボク:ウチのほうで指定したトンボの位置と、ズレまくりなんじゃないの? つまり丁合ズレってやつだと思うのね。
営業担当:ああ、それはこっちではわかんないです。工場のやったことなので。
(この時点でボクはプチを通り越して一気にブチ切れ)
ボク:だったら今すぐに来い!
営業担当:あ、いや、今日はちょっと忙しいので……。
ボク:あのさ、大日本だってトッパンだって、丁合ズレだとか本に反りが出てるとか言われたらさ、何はさておき飛んで来るよ。で、現物見て問題が確認できたら、他のものを退けてでも最優先で工場にやり直させるよ。そういう問題認識はお宅にはないわけ?
営業担当:あ、じゃあ時間ができ次第、電話させていただいて、それから伺うようにします。

(三時間後)
ピンポーン
営業担当:こんにちはー
ボク:あのさ、商店じゃないんだからいつでもいいわけじゃないでしょ? 目途がついたら、出る前に電話一本入れるのが常識じゃないのかなぁ。
営業担当:ああ、はい。そうでした。すみません。
ボク:まあいいから上がってよ。

(元データをプリントアウトした物をテーブルに広げて)
ボク:ほら、これ見て、こっちのトンボの位置と本を合わせてみてよ。ズレてるでしょ。これが丁合ズレね。印刷屋としては、こういうものを納品するというのは、恥ずかしいことなんだよ。
営業担当:はあ、たしかにズレていますね。
ボク:で、何かないの? 君の見解を聞きたいんだけど。
営業担当:ボクには詳しいことはわからないんですが、ウチの工場のやったことですので、ウチの会社の仕事としてボクは自信をもちたいんですけど。
ボク:いや、変なところに自信をもたなくていいからさ。だいたい、詳しいことはわからないなんて言うけど、君はプロじゃないわけ? しかも身内をかばいたい気持ちは理解できなくはないけど、それを客の前で言うべきじゃないでしょ? なんか常識がないねぇ。
営業担当:はい、すいません。
ボク:で、これを見て、どう対処すべきだと思うわけ?
営業担当:そうですね、プリントアウトしていただいたものを持ち帰って、上司と相談したうえで、明日以降お返事したいと思います。
ボク:あのさ、携帯持ってんでしょ? べつにウチの電話を使ったっていいけどさ、今すぐにでも電話して状況を説明して、判断を仰ぐとかいう発想はないわけ?
営業担当:あ、それが直属の上司が病院に行っておりまして、今日はちょっと……。
ボク:はぁ? 君の会社は直属の上司が休むと、機能が止まるシステムなの? 直属の上司がいないなら、その上の誰かに判断を仰げるでしょうが。

と、こんな埒の明かないやりとりを続けるのも時間の無駄だった。そもそもこんな会社に頼んだボクが悪いのだ。そうだ。そうに決まってる。悪いのはボクなのだ。ボクはひどく諦めた顔で(たぶん)彼に言った。
「君は営業なんだから、工場のほうを向いていたらダメなんだよ。あくまでも客のほうを向いて、客の立場で工場にクレームつけてもらわないと困るよ」と。ボクは彼の教育係じゃないんだけどね。
その言葉に対して、彼はこう答えた。
「はい。そうすることにします」と。
ああ、彼はこんな仕事で給料をもらっているのだ……いい会社だね。ぜひボクも働きたいよ。

やはり翌日になってから電話が来た。「直属の上司」はただただ平謝りだった。そこまでして彼を活かそうとする意図は理解できないが、もうちょっとこの仕事に精通し、もうちょっと工程管理のできる営業担当を用意してくれれば、そんなにコメツキバッタのようにペコペコしなくても済んだものを……と。

結局、本体は刷り直しと相成った。
2005.02.01 10:22 | journal | trackback(0) | comment(0) |
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