corsappoi blog

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唐突だけど、これはSanFranciscoフェリーターミナルだ。
二年ほど前に『ROADBIKE magazine』の取材でSanFranciscoを訪れた際に、行き先を間違えてバスに乗り、たどりついた記念に撮影した一枚だ。
SanFranciscoでボクは、ケーブルカーの終点で知られるPowellの近くのホテルに連泊しながら、Tom Ritcheyの工房やRivendellの本社を訪問し、予定のないときは市内の散策などをして過ごしていた。その日もヒッピームーヴメント発祥の地であるHaight Ashburyに行くつもりで、Market Streetからバスに乗り込んだのだけど……気がつくとSteuartという始発駅に戻っていた。
ここも休日ともなれば、多くの人でごった返すはずなのだろうが、平日のお昼前のビジネス街である。見事に閑散としている。ボクはせっかく海まで来たのだし、時間はあるのでSanFrancisco Bayでも眺めてやるか、とフェリーターミナル横にあるベンチに座り、ベイブリッジ越しの海を眺めていた。次々に飛んでくる鳩やカモメを見て「ああ、こいつらは日本で見るのと同じだな……」などと考えながら、30分ほどボーっと日向ぼっこをして過ごした。
そのうち、オフィス街もランチタイムに入ったようで、ボクの周囲もそこそこ賑やかになってきた。ふと横のベンチを見ると、アングロサクソンの20代半ばと思しき女の子が器用に箸を使って、何やら食べている。
ボクはちょっとした好奇心から、しばらくその子の様子を観察していたのだが、ふと目が合ってしまった。その子はにっこりと微笑んで立ち上がり、隣に座ってもいいかと聞いてきた。ボクは「もちろん」と答えた。
聞けば、彼女はKatieという名前で、英語教師として二年間ほど岡山の中学校で教えていたことがあるらしい。そのときに日本食にふれ、今でも箸を使う食べ物を好んでいるとのことだった。実際、彼女が食べていたのはソバ・サラダなるものだった。日本に二年も住んでいたわりには、ずいぶんとお粗末な日本語だなとは思ったけれど、彼女も久しぶりに日本語を使いたくて仕方ない様子だったので、ボクもできるかぎり、日本語で彼女に付き合うことにした。
アメリカに来て一週間以上が過ぎ、さすがに連日の「アメリカ食」にうんざりしていたボクとしては、彼女が教えてくれるSanFranciscoのおいしい和食屋さんの話はありがたかった。そのうち、ブッシュはいかに民衆を騙し、その結果、どれほど多くの命が犠牲になっているかというようなシビアな話にまで及んだ。さすがに日本語はめっきり減ったのだけれど、時はイラク戦争の開戦間際ということもあり、ボクも彼女もすっかり意気投合してしまった。彼女は「ブッシュのしていることはアメリカ人として恥ずかしいと思うけど、みんながみんな、それを認めているわけではないの。とくにSanFrancican(彼らは自らをサンフランシスカンと呼ぶ)はね」と、懸命に訴えていた。
ランチタイムが終わるぎりぎりまでボクらは話していたのだが、彼女は名前と電話番号を書いたメモをボクに渡すと「続きの話はまた夜にでも」と言ってオフィスに戻って行った。
それからボクは本来の目的地であるHaight Ashburyに向うのだが、Market Streetから住宅街に入って、ボクは思わずニヤニヤとしてしまった。彼女が言っていたとおりなのだ。家々の窓には「NO WAR!」と書かれたステッカーや看板が掲げられていて、こちらの通りを行き交う人たちに向って盛んにアピールしている。しかしまぁ考えてみれば、ここはLove & Peaceの総本山みたいな場所なのだから、当たり前といえば当たり前なんだけど。だってね、バスの目の前の席に60代半ばのオバちゃんと20歳そこそこの若者が座って話してるんだけど、その内容がすごいのね!
若者の方は「ロックの軌跡をたどる旅」の最中という雰囲気のバックパッカーなんだけど、その若者にオバちゃんが「ああ、そこよ。そこでね、ジョン(John Lennonのことだ)がね……」と。それを聞いた若者は「マジかよ! それ凄げえよ、オバちゃん」と。続けてオバちゃんは「今の交差点、そこで私たちみーんな警察に捕まったのよ」と。それを聞いていた若者の向こう隣に座っていた別のオバちゃんは「違うわよ。それはこの次の交差点のとこでしょ」と。みんな昔はヒッピーだった人たちなのだ。たしかに、凄げえよ……。

と、なぜか話が横道に逸れてしまったのだけれど、それが本題なのではない。フェリーターミナルの話なのだ。
ちょっと知り合いに頼まれて調べ物をしていたのだけれど、たまたまその途中でフェリーターミナルのサイトにたどりついた。ボクが訪れた当時はまだ改装中だったのだが、今は素晴らしく素敵なMarketplaceなるものが完成しているらしい。Shit! ま、当時そんな代物ができていたとしたら、ボクはベンチなんかでボーっとしていなかったのだろうし、よってKatieに会うこともなかったのだろうけど。
そのフェリーターミナルのMarketplaceのパンフレットを見て、そのデザインの素晴らしさに感嘆することで気を紛らわせてみたい。しかしホント、どうやったらこういう素敵なデザインができるものかね。時計台をモチーフにするというのは当然としても、その素材をここまで素晴らしく図案化できてしまうところが脱帽だ。
SanFranciscoネタはかなり豊富なので、また別の機会にでも。

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2005.01.30 12:25 | journal | trackback(0) | comment(0) |
息子が幼稚園に行っている間に、ワイフが仲良くなったという幼稚園ママたちが遊びに来た。ボクも暇だったので、ちょっと挨拶ついでに一言二言話すつもりでリビングへ。しかし、ついつい話が盛り上がってしまい、いつの間にか腰を落ち着けて話し込んでいた。
二人来たうちの一人のママは、Fさんというボクと同い年の人。その昔、フェンシングの日本代表選手でバルセロナ五輪にも行ったことがあるようなバリバリのコルサな女子だ。
「そういえば、あのときの女子のロードレースの選手は○○子さんという方だったと思うんですけど……私も挨拶をしたので憶えてます」と。
「○○子さん」というのは、そう、自転車ロードレース界では「オメコさん」なる隠語で呼ばれ続け、永遠に語り継がれるであろう坊主頭に赤ヘル被ったあの人である。
「いや、あの人は選考レースで尋常ならざる勝ち方をしてね、選手やマスコミの非難を轟々と浴びながら行った人なんですけど……」と、Fさんに背景を一通り説明して、さらにはロードレースは騎士道のスポーツであること、一昨年のツールの山場で落車したアームストロングを待ったウルリッヒの話なども交えつつ、自転車レースにおける崇高なまでのスポーツマンシップについて熱弁を振るってみた。フェンシングだって正真正銘の騎士道なわけだから、それはそれはもう話が盛り上がったのは言うまでもない。

で、もう一人のママはKさんという人。こちらはウチのワイフと同い歳なので、結構ボクとは歳が離れているのだけれど、話しているうちに驚愕の事実を知ることになった。なんと彼女、ボクの出身校である某大学の同窓生で、なおかつ学部も学科も一緒、それだけでもビツクリなのだけど、ボクが所属していた体育会テニス部の後輩だったことが判明した。
ボクも焦ったが、Kさんはそのレベルを通り越して顔面蒼白だったらしい。その姿を見た一同は空気が凍りかけるのを感じたそうなのだけど……。ボクはお構いなしに「へー、ボクの頃は○○とか○○とか、あと女子だったら○○とか○○とかいたなぁ」とか「練習の前に○○まで走りに行くんだよね。あれが一番キツかったなぁ……」などとしつこく続けてしまった。彼女としては「あの頃の記憶は封印しておいたはずの忌まわしい過去」に類するものらしいのだ。ま、なんか色々あったんだろうね。
なんとなく後味が悪いんだけど、そのうち酒でも飲ませて喋らせてみるかな。全部出してしまえばスッキリするんだろうし。たぶん、聞けば「ああ、そんなことね」で済むような(あくまでも外野的には)ことかもしれないし。ごめん、デリカシーのない楽観主義者なんだボクは。

しかし、たまたまワイフが連れてきた知り合い二人ともが、たまたまボクとワンクッション置いて、もしくはダイレクトに繋がってるなんて、もう世間てホントに狭いなぁとか、悪いことはできないなぁとか、もはやそういう域を超えてるぞと。むしろ、これは恐怖に近いとすら感じた。だって、たまたまワイフが連れてきた知り合いが、ボクの元カノとかさ……そういうことだってありえなくもないわけで。
彼女たちが帰った後、お土産にいただいた手作りチーズケーキを食べながら、ふとそんなことを考え、思わずガクブルって喉にチーズケーキがつっかえた午後三時なのだ。
2005.01.28 16:27 | journal | trackback(0) | comment(2) |
目が覚めたのは何と五時。やっぱり自転車に乗れるとあって、嬉しいのかね、ボク。もう朝っぱからキビキビとした行動で、息子の朝ご飯まで作ってしまう絶好調ぶり。幼稚園に送り出し、いざ、ボクも出発。
うほっ! 久しぶりの自転車。堪らないねぇ、このスピード感。寒さもなんのその、快調に時速……ん? メーターが壊れてるじゃーん。全然表示しない。もしかしたら寒さのせいかもしれないと思って放っとくと、案の定、多摩川のサイクリング道路に入ったあたりで計測しはじめた。なーんだ、寒がり屋さんだったのね。
まだ寒い時期でもあるので、アベレージ30km/h程度でまったりと。あまり負荷をかけず、無理をせずに羽村の取水堰あたりまで往復するつもり。と思ってのんびりと平和的にペダリングしていると、いきなり背後にロードバイクの気配。振り返る間もなく、ヤツは抜いて行った。TEAM RAVANELLOだ。卑怯な! 人のスリップに入って体力を温存させておいて、一気に抜き去ろうとは不届き千万! お前には美学というものがないのか! ロードレースはヨーロッパの騎士道なるぞ、知っておるのかぁぁぁっっ! と、一気に戦闘モードに突入する。が、2kmもしないうちにハァハァ言い出す始末。一気に冷める戦闘モード、そしてあっさりと自らに下す戦闘モード解除指令。
しかし、敵はボクの内なる葛藤を知ってか知らずか、何気に振り返ってこちらの位置を確認しておる。しかもボクがペースを落としたことを知ってか知らずか、向こうもペースを落として、のーんびりとこちらの出方を窺っている。もーホントに頭きた! 何が何でも追いついてコカしてやる! 今行くからなーっ! と、気持ち的には大いに盛り上がるボク。しかし、是政橋のところで左折して稲城方面に逃げて行ったので、まあ、今日のところは勘弁してやることに。ふぅっ。
まだ充分にアップできていない段階で、予想外にパワーを爆発させてしまったことが気になったけれど、ふたたび平和的なペダリングをはじめる。くじら運動公園(八高線の鉄橋付近)を過ぎ、福生市に入ってすぐのあたりで女子軍団とすれ違う。五・六人のグループを形成し、見た目かなり本気モードだった。すぐさま方向転換して追いかけてみたくもなったが、コルサっぽいチクリスタらしからぬ行為と自戒し、断念。ああ残念。
ここまで来ると、もうゴールの羽村はすぐなのだけれど、なんかみょーに脚が重い。で、スピードもガタ落ち。結果、尻が痛くなる。どうにかこうにか辿り着いたという感じだった。

玉川兄弟の銅像のある公園は、近くの小学校の生徒たちでごった返していた。社会科見学みたいなものらしい。そこでボクは小学女子児童たちの恰好の興味の対象となることに。こういう場面で、どうも男子は弱いようだ。むしろ男子の方が興味はあるはずなのだろうけど、遠くの方からひと固まりになって見ている、というか女子とボクとのやりとりをじーっと聞いてたりする。ボクが一見怖そうなオジサンに見えるかもしれないので敬遠しているということも考えられなくはないが。
女子はそんなことお構いなしに、どこから来たのかだの、何キロ出るのかだの、靴の底はどうなってるのかだのと、矢継ぎ早に聞いてくる。疲れ果てているボクとしては、もう一刻も早く先生が来るなりして、開放してくださーい、助けてくださーい!(セカチュー風に)と心の中で願いつつ、質問されることにはちゃんと答えたりする。
女子:「お尻は痛くないんでかぁ?」
ボク:「いや、痛いんだよ。ギヤを軽くしてのんびり漕いでるとだね、そのぶんお尻に体重がかかるからさ」
女子:「でもクッションとか入ってないんですかぁ?」
ボク:「クッションというかね、レーサーパンツの内側にパッドがついててね。あとはサドルもちょっとはたわんだりするけど、それだけだよ。ちなみにレーサーパンツって、下にパンツとかはかないんだよね」
どうだ、参ったか! これで少しは怯むだろう。
      うーん、たしかに一瞬は怯んだかに見えたのだけれど、どうも雰囲気が違う。明らかに彼女たちの視線は、ボクのピタピタレーサーパンツのもっこり部分に注がれている雰囲気だ。もしや「じゃあ脱いでその証拠を見せてよ」とか言われるんじゃあるまいなとドキドキしつつ、しばし睨みあいが続く。そこにタイミングよく先生登場!
先生:「ほらほらみんな、いい加減にしないとご迷惑でしょう。どうもありがとうございます、相手していただいて」
ボク:「いえいえ、好奇心旺盛な年頃なんでしょうからね」
ほっとするボク。名残惜しそうにぞろぞろと退散する女子たち。その中の一人は、去りぎわに「きのこの山」(タイミング的にちょっと意味深)を気前よく三つもくれた。いい子たちじゃないか……と余韻に浸りつつ、去りゆく女子たちの後姿を見送る。すると、一人の女子が何やら先生にひそひそ声で話している様子。一瞬の出来事だったのだけど、それを聞き終えた先生はくるっと後ろを振り返り、ボクを一瞥した。ああ、酷く蔑んだ目で。たぶん、おそらくこういうことだろうよ。
女子:「先生、あの自転車の人、パンツはいてないんだって」
先生:「ほんとに? 嫌だ! 変態!」
ま、あくまでもボクの想像の域ではあるけれどね。

ストレッチなどして20分ほど休み、帰路につく。それにしても脚は重いし尻は痛いし力が入らない。間違いなくハンガーノックだ。サイクリング道路から外れて、どこかコンビニで食料を調達すればいいのだけれど、それよりも先を急ごうとして、結局府中まで走り続けてしまった。もう身体中が痺れて、寒気がするほどまでに悪化。グリコーゲン0%状態。たまたま通りかかった自転車小僧をとっ捕まえて事情を説明し、金を渡してコンビニに燃料を買いに行ってもらうことに。苺と生クリームを挟んだサンドイッチと、何でもいいからタラコと梅干とワカメのおにぎりを頼んだ(緊急事態にもかかわらず、注文がかなり細かい)。まったく迷惑なオジサンである。彼の名前すら聞いてなかったが、迷惑ついでに写真まで撮ってもらった。

燃料投下によって若干の気力と体力を取り戻し、20km/hぐらいでヒラヒラしながら帰宅。ワイフも息子もまだ帰ってきてなかったので、とりあえずそのままの格好でパスタ大量(350g)を茹で、ペペロンチーノにして貪り、風呂で温まり、最低限のメールチェックだけして(ここらへんが社会人としての最低限の責務か)爆睡。以上。もう死ぬかと思ったわ。


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2005.01.28 06:11 | corsappoi | trackback(0) | comment(5) |
いや、正直落ち込んでた。
先週の木曜に走れそうな予感はしていたんだけど、朝、タイヤに空気を入れてる最中に、ボクを奈落の底に突き落とす電話が入った。すでにサーモドレスジャージに身を包み、その上にウィンドベストも羽織り、あとは靴履いてシューズカバーつけて、ウィンターグローブはめればOKという時になって……。
もうそれからは鬱々と仕事をこなす毎日。家族が箱根に温泉旅行に行っている間も、毎日自転車三昧だぁ! と嬉々として浮かれていたのだが、結局は仕事三昧だった。旅行のために日曜日のバイオリンのレッスンを別の日にずらしてもらったのだけど、このとおり、ご当人にこのブログを発見されてしまったこともあり、意味ありげにタートルネックを着てくる始末。つまんないよ123ちゃん……。
そんな鬱々とした心境でブログの更新なんてさ、不毛だよ。

ところが、やっと、やっとこさですよ。どうやら明日こそは乗れそうな予感! いやもうかなり確実な予感。もうすっかり躁状態。これから、明日着てくジャージ一式を床に並べてワクワクしながら寝よーっと。おやすみ!
2005.01.26 21:12 | corsappoi | trackback(0) | comment(0) |
ダイ・ハードな一日だった。
ダイ・ハードすぎて、今ここに書いとかないと、たぶんもう二度と思い出せない気がするので、眠いけど書くことにした。だからといって映画ほどではないので、過剰に期待されても困る。あくまでも、ボク基準のダイ・ハードということでご理解いただきたい。

午前三時に起きて、ハッシュ・ド・ビーフと思しきものを食べ、シャワーを浴び、コーヒーを飲んで仕事開始。原稿に赤入れをしつつ、すぐ飽きる性格ゆえ、片手間にブログの記事など書き書き。
午前九時には赤入れ終了、ブログも更新。支度をして飯田橋へ。某印刷会社にて打ち合わせ。所長代理いわく「今どこも受注が減ってようでしてね、ええ、ウチもその煽りを受けてまして……」。ボクは「営業努力が足りないのでは」と言いかけて、やめた。「今日はオトナっぽく出るのが吉」と、朝の占いでそんなようなことを言ってたからだ。
某印刷会社から歩いて10分ほどの場所にある編集プロダクションに立ち寄る。途中、目白通りでかっこいい黄色のFONDRIESTに乗ったメッセンジャーが目の前を駆け抜けて行った。ボクも走りたい……。
ディレクターのKJ氏に連れられて、毘沙門天近くの懐古主義的オサレな和食屋(失礼、話に夢中で店名など記憶にない)にて「何たら懐石」(失礼、こちらの名称も記憶にない)をいただく。KJ氏いわく「もう最近は手堅く内制で作るとこが増えちゃって、ウチなんかモロに煽りを喰らっちゃってるわけですよ……」。ボクは「お宅みたいな殿様商売やってたら、そうなっても仕方がないでしょ」と言いかけて、やめた。今日はオトナなのである。
支払いはこちらで持った。だって、そんな窮してるらしい会社の人に払わせるわけにもいかないし。でもそれでは今までのご恩がぁとか言うので、じゃあコーヒーでも飲みましょうよと。
で、細木数子事務所を横目に(あれ、ホントすげぇとこに構えてるのね。たぶんあの場所、ご利益あるよ)、Cafe de CRIEでお茶。KJ氏とともに、この界隈を行き交う人々の雑多さ加減について語り合う。だってね、もう出版関係者は大体わかるけど、他にも印刷業界人、病院関係者、商店街の親父の暇つぶし風、ロコと思しきド派手で怪し気な下町コスモポリタン、おかま、元モデルっぽい(もしくは元アイドル)ハッとさせられるおばさん風、観光目的のフォーリナー、神楽坂見物と思しきおばちゃん等々が渾然一体となって、激しい不協和音を奏でているわけだ。で、近所には細木数子でしょ。結構楽しめた。
二時に新宿。ヨドバシカメラと世界堂へ。西口から東口に抜けようと甲州街道沿いを歩いていて、ふと東の空に目をやると、まるで真夏のような積乱雲がモコモコと浮かんでいた。これでも結構な雲マニアなので、ちょっと得した気分になる。オトナでいたお陰かもしれない。
世界堂を出ると、ずいぶん昔からのニューハーフの知り合いにバッタリ出くわす。今はもう切っちゃったので完全な女だとか何だとか、10分ほど立ち話にて済ます。ボクは「むしろその前に喉仏を削った方がよかったんじゃないかな……」と言いかけて、やめた。しつこいようだが、今日はオトナなのである。しかし、昼間に見るニューハーフは、あまりにも眩しすぎるね。
で、あまりにも疲れたので三越裏のSegafredo ZANETTIでエスプレッソのダブルを注文。ここはチェーン展開しているわりには、かなり美味しいコーヒーを飲める。これ以上混むと困るので大きな声では言わないが、じつはボクのお気に入りだ。
よっこらせっと席に腰を下ろしたとたんに携帯が鳴る。これからエスプレッソをいただこうというときに、無粋としか言いようがない。某印刷会社からだったので、躊躇なく電源OFF。ああ、エスプレッソの美味しい午後のひととき……。
しばらく経つと、案の定また携帯が鳴る。もう飲み終わる頃だったし、今日はオトナなので電話に出てみた。あー、直しがどうのこうのとか言ってるなぁ……。ボクは「だからさ、さっきその件については、きっちり済ませてから帰りたかったわけ。でも昼休みだかなんだか知らないけど、人を追い立てるようにしてほぼ一方的に終わらせたのは君の方なんじゃなかったっけ?」と言いかけて、やめた。
「あー、うっかりしてた。忘れてたねぇ。じゃあその分はあとで事務所に戻ってからAcrobatで直し入れてメールで戻すからさ」なんてにこやかな感じで答える。先方もさぞ気味が悪かったに違いない。そう、今日のボクはいつもとは一味違うのだ。

さて、もうどうしようもなく眠い。この調子でだらだらと書き続けるよりも、寝たほうがいいと、今判断した。
今日一日をオトナで過ごしたお陰かどうかはわからないが、どうやら明日は久しぶりにコルサっぽい日になりそうな予感がする。
2005.01.20 11:35 | journal | trackback(0) | comment(0) |
相変わらずコルサっぽくない日が続いているが、今日も仕事だ。
自転車関係の原稿書きに詰まったとかいうならば、気分転換の名目でにちょっくら乗ってくるのも許されそうだが、今とりかかっているは歌集である。そう、歌集。しかも『サラダ記念日』みたいな垢抜けた感じのものでもなければ、『自転車記念日』みたいな想像しただけで楽しくなるような代物でもない。祖国を離れ、遥かアメリカはミネソタ州のミネアポリスで95年の生涯を終えた日系一世のお婆さんの、何十年にもわたって作り続けた短歌の集大成である。ちなみにミネアポリスと聞いて、ボクはまっ先に「ああ、あのグレッグ・レモンの住んでるとこね」と口走ってしまった。もうホントに救いようのない自転車オタクである。
そんな単調な日常においても、ちょっとした嬉しい出来事みたいなものはある。たとえば、今日はワイフがお昼に鯛焼きを買ってきてくれた。あのたかねの鯛焼きだ。ウチから歩いて五分もしない場所にあるのだけど、ここのところ混んでたり忙しかったりで、しばらく食べていなかった。同じ沿線の方ならその噂ぐらいは耳にしたこともあろうたかねの鯛焼きは、それはもうそこらへんの適当な鯛焼きとは別物である。すべての素材を厳選しまくり、すべての要素にこだわりまくって作られている。自転車でいえばタイムあたりか。しかもVX-RS moduleだけ、それ以外はナシみたいな。タイム社のウェブサイトには次のように書かれている。
「モジュール・コンセプトの進化はとどまることを知らない。フルカーボンラグ、トランスリンク・シートピラー、ウルトラセーフフォーク、そしてヘッドベアリングにいたるまで、自社内で独自に開発する。そのすべてにおいて、妥協を許さない。
VX-RSにおいて互換性という言葉は不要である。何故なら、これ以上に完全な組合せは存在しないからだ」タイム社 設計主任 ジャン・マルク
たかねの鯛焼きにも、それぐらいの勢いがある。本当かどうかは、乗って食べてみればわかるはずだ。

さて、そんなワイフのささやかな心遣いに小さな幸せを感じつつも、でもなんで唐突にこんなにやさしくされるんだろうと、懐疑的かつ冷静に思い巡らせてみた。ああ、そういえば明後日から二泊三日で母親と息子と三人で箱根へ温泉旅行に行くって言ってたな……と、そんなもんである。まあ、そこにどういう思惑があろうとも、たかねの鯛焼きが美味しいことには変わりはないわけで、久しぶりに香ばしくて甘塩っぱい極上のお味を堪能した。
それから約三時間後のこと、事務所に訪れたDTPのオペさんが手にしていたのは、たかねの鯛焼きだった。
この日、トータルで五枚の鯛焼きを胃袋に流し込んだボクだった。

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2005.01.19 22:50 | journal | trackback(0) | comment(0) |
うわぁーいい天気だぁ。しかも小春日和。堪らん、自転車に乗りてぇ……。
しかし、こんな日にかぎって某中堅印刷会社の連中がやって来るというのだ。

じつはちょっと久しぶりに仕事を発注したのだけど、電話に出た受付嬢の話によると、担当者が異動になったらしい。仕方がないので担当部署の課長と話をするもチンプンカンプン。どうやら複数の案件を抱えたまま、次の担当者に引き継ぎすらせずに異動した様子だったので、ちょっとプチ切れて一言。
「社内人事はお宅の内部的な事情であって、あくまでも内部的にスムーズに処理すべきことでしょ。客にとっては関係のないことなんだよね。つまり、お宅の内輪の問題が原因で仕事に支障が出るなんて、あり得ないことだと思うわけ! 一般常識的に考えても」
と、ここまで来るとボルテージは急激に加速し、プチ切れからブチ切れモードに突入する。
「つまりそういうことを言い訳にするなんて言語道断なんだよ。しかも担当者が部署換えになったから、どういう状況なのかわかりませんなんて、まともな会社の管理職が言うセリフかね? 大体、こっちから電話してはじめて新しい担当者を挨拶に来させるなんて、ナメられてるとしか思えないんだよね。ねぇ、ウチをどう考えてんの? ナメてんの? そうならそうで、そう言ってくれよ。こっちだってそれなりに考えるからさー」
と、ちょっとプンプン怒ったぞって感じでアドバイスしてみた。そしたら、なんか部長まで連れて、課長とか係長とか元担当とか新しい担当とか電話で応対した受付嬢も一緒に、大挙して「お詫び」にやって来るらしい。ボクとしてはむしろ自転車に乗ってた方が気が晴れそうなんだけど。

気持ちよさそうな青い空を、なぜか虚しい気持ちで見上げつつ、はたして彼らがどんな手土産を持参するのか……なんて小さなことに思い巡らせているのだ。

2005.01.18 12:06 | journal | trackback(0) | comment(2) |
日曜日は息子のバイオリンのレッスンの日だ。
週に一度、ウチから自転車で30分ほどの場所に住む音大生のS嬢に来てもらっている。
ボクがS嬢と知り合ったのは、元々はボクが頻繁にお邪魔しているローカル系のブログに、ブロガーであるS嬢がTBしたのがきっかけだった。それから三ヶ月ほど、コメントをつけレスを返されとやっているうちに仲良くなり、息子のレッスンをお願いするようになった次第だ。
このS嬢、可愛くてスタイルもよく、そのうえオシャレでバイオリンも上手い(これは当然かぁ)。これといって何も文句のつけようはないのではあるが……なんといつも首筋にキスマークがついているのだ。
レッスンは日曜日。前日は恋人たちの土曜日である。毎週毎週ドメスティックバイオレンスばりの派手なキスマーク(血豆に近い色合い)を見つけては、思わずえろーんなことを想像してしまうボクだ。
ボクとS嬢は、ブログでは結構メンタル的に踏み込んだ話で盛り上がったりもしている。でも、なぜかこのことばかりはどうにも聞けない。こっちが恥ずかしい。指摘してあげたいんだけど、やはり躊躇ってしまう。
ちなみに今日は、ちょうどバイオリンのアゴ当てと接触するであろう位置だったから、もしかすると練習のしすぎが原因ということも考えられなくはない。卒業演奏も間近に迫っていることだし。と、今日のところはそう思うことで気を逸らしてみた。
でもでもぉー、来週また全然別のところに血豆ができていたりしたら、もうホントどうしようかと。そう考えただけでドキドキするわけですよS嬢様……。
で、言いたいのにどうしても言えないものだから、こうしてブログに書き残すしかない、と。
小心者なのかね……。毎週日曜日に乞うご期待。

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2005.01.16 21:51 | journal | trackback(0) | comment(3) |
昨年末に亡くなった叔父の葬儀に行ってきた。
東京に珍しく雪が降り積もった12月29日。その日の晩、雪掻きをしている最中に心臓発作を起こして倒れたらしい。家人も気づかぬまま、翌朝になって雪の上で発見されたときにはすでに虫の息だったそうだ。
享年74歳といえば、べつに早すぎるということにはならないのだろう。でも、叔父は若い頃から山岳登山で鍛えていたこともあり、まだまだこれからという活気がみなぎっていた。それだけに、訃報を受けたときのショックは大きかった。
葬儀は派手さもなければ豪華でもなかった。でも、大勢の参列者が集まっていた。親類縁者をはじめ、仕事の関係者、登山仲間等々、予想以上に人が集まり、急遽、座席を何十席か増やしたほどだった。海外の企業とのやり取りを50年も続けてきたこともあり、はるばるニューヨークから弔辞を述べにきた人もいたほどだった。

叔父は尊敬できる人だった。家族を愛し、犬を愛し、山を愛し、音楽を愛し、仕事を愛していた。そして何よりも、知性にあふれる国際人だった。
ボクは高校の時分、かなり荒れまくっていた。そんなどうしようもないボクをずいぶんと心配し、気にかけてくれていたらしい。たまに会ったときにも、ボクを一人前の大人として認め、相対してくれた。心の広い人だった。
20代の頃に自転車の事故で頭を強打し、二日間も昏睡状態が続いたことがあった。結局、頭蓋骨にヒビが入った程度で事なきを得たものの、周囲からは「もう自転車は危ないからやめてくれ」と散々だった。そんなときも、叔父はにこやかな表情でボクの話を聞き「まあ、好きなんだから、しょうがないよね」とだけ答えた。ボクと同じ世界を持っている人だと思い、嬉しかった。
ボクは東京で生まれ、東京で育ち、現在も三鷹に住んでいる。世田谷に住んでいた叔父は、会うたびに必ず「近いのだし、いつでも遊びにいらっしゃい」と言ってくれた。結婚し、また息子が生まれてからは「いつでもいいから、家族みんなで遊びにいらっしゃい」と言ってくれた。毎年の年賀状にも、いつもその旨が記されていた。ボクは近いのだから、いつでも遊びに行けると思っていた。遊びに行ったら、いろいろと話をしたかった。たくさんの話を聞きたかった。叔父のことをもっともっと知りたかった。でも……不義理を重ねるばかりで、何も返すことはできなかった。
そんな様々なことを、一時間ほどの葬儀の間、ずっと考えていた。牧師の話など、まるで耳に入らなかった。

参列者全員で賛美歌を歌う段になって、あらためて、叔父がクリスチャンだったことを思い出した。ボクは今までの感謝の気持ちを伝えたくて、声のかぎりに歌った。

賛美歌461番 『主 我を愛す』

1.主 我を愛す 主は強ければ
  我 弱くとも 恐れはあらじ
  我が主イェス、我が主イェス
  我が主イェス、我を愛す

3.御国の門を 開きて我を
  招き給えり 勇みて昇らん
  我が主イェス、我が主イェス
  我が主イェス、我を愛す

歌いながら、この賛美歌がじつは「残された人」に向けられたものであることに気づいた。
勝手な解釈であろうことは重々承知しているけれど、叔父は突然の死を悔やむボクのために、クリスチャンであるボクに一番わかりやすい形で、最後のメッセージを伝えてくれたのではないか。そう思わずにはいられなかった。
叔父さん、最後までありがとう。
2005.01.15 22:33 | family | trackback(0) | comment(0) |
どうしたことか、今年は正月が明ける間もなく、死にもの狂いの忙しさ。ここ一週間はろくに寝ていない。せっかくブログをはじめたにもかかわらず、更新すらままならぬ状況だ。そんなわけで、今年になってはじめてデイリーズカフェに行った。そう、サロンというかカフェというか、中央線沿線に住む流行に敏感なオサレさんだったら、たぶん小耳にはさんだことぐらいはあるだろう、あのデイリーズだ(いやべつにボクはその手のオサレさんではないんだけどさ)。
しかし悲しいかな、その目的は仕事である。店内に入ると先方のDTPオペさんはすでに席に着いていたため、ホール担当社員の鈴木君と新年の挨拶もそこそこに打ち合わせ突入。テーブル上にノーパソだのラフだの原稿の打ち出しだのを広げまくり、終始ビジネスライクな話で粘ること三時間! その間、飲んで飲んで(コーヒーだけど)食って食った。
「そういう店じゃーないでしょ!」とお叱りを受けそうだが、何しろウチの事務所から最短距離のお店だしぃ、ウザいガキはいないしぃ、くつろげるしぃ……で、さらに「回転率重視」という経営側のコンセプトが、こちらの目線からも見えてしまうようなお店は避けたいわけでぇ、そうなるとやっぱりデイリーズになるのだ。

そういえば、新しく女の子が入った様子。ちょっとサイトでもチェックしてみるかな……と、へー、さゆりちゃんていうのね。いつもニコニコしていて楽しそうだった。先ほどの鈴木君といい、ケーキコーナーの森さんといい、デイリーズの店員さんはいつもニコニコしている人が多い。ボクの経験上だけど、いいお店の店員さんは概ね楽しそうに働いているものだ。逆に店員さんがつまらなそうに働いているお店で、いいサービスを受けた記憶はない。ニコニコは楽しいの象徴である。楽しくもないのにニコニコは出来ないわけで。従業員からして楽しく働けないようなお店で、客が楽しめるはずもなかろうというのが持論だ。そんなこともあって、プライベートだろうと仕事だろうと、ボクの足はデイリーズに向いてしまうのだ。
もしもデイリーズがなかったとしたら、ボクの三鷹ライフの楽しさは半減するといっても過言ではないな。


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2005.01.12 23:26 | my favorite | trackback(0) | comment(0) |
ボクのキャリアは、アルファビル・アンブロージォ(ALPHAVILLE-AMBROSIO)という自転車のクラブチーム時代にスタートしたと思っている。自転車雑誌、書籍の編集者を経て、現在は何でもござれの編集者(もちろん自転車も含む)をしているが、やはりアルファビル時代を抜きにして今のボクはありえない。
ちなみに編集者として今までに手がけたジャンルは、雑誌やムックでは自転車全般(とくにロード、マウンテン)、クルマ(主にドイツ車)、美容、フード、写真(カメラ)、フィッシングなど。書籍では、と学会などの超オタク系サブカル本から、小説、紀行、実用、歴史、歌集・詩集、自己啓発、MLM(ネットワークビジネス)、果てはコミック(ネコマンガって、じつはコミックなのね)や写真集(エロではなくてね)まで。
結構いろいろとやってはきたけれど、最も情熱を注いで取り組んでみたいのは、やっぱり自転車雑誌だったりする。

以下、箇条書きにて。
・「B型の天秤座」というだけで、ある女性に「最低ー」と返されたことがある。そう、ボクはその最低ーかもしれないB型天秤座だ。
・ずいぶんと歳の離れたワイフに「あなたは褒めて育てるタイプなのよ」とよくいわれる。そうかもしれないと思ってしまう自分が情けない。
・「ロードレーサーに乗るのが趣味なんて、すてきー!」と最近になって知り合った人たちによくいわれるけど、ボクにとって自転車はあくまでも趣味ではない。人生だ。
・知り合いは結構たくさんいるけど友達は少ない方かもしれないので、メールは info@rbf.jp までお気軽にカモン!

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2005.01.12 05:43 | about kuro | trackback(-) | comment(-) |
日本においては相も変わらずマイナースポーツでしかない自転車ロードレースのファンの中の、そのまたさらにごく一部の酔狂なマニア以外に方々にとってはどうでもいいことなのだろうけど、一応はじめに「コルサっぽい」ということのコンセプトでも。
まず、コルサとはイタリア語のCORSAであり、その意味は競走だ。ボクらがコルサと呼んでいるのは、そこら辺の子供が「よーい、ドン」でかけっこするレベルのものではなく、あくまでも高次元な、自転車レースでいうところのヨーロッパのエリートアマ以上のカテゴリーを指す。
コルサを定義したところで、次はコルサっぽいだ。コルサっぽいはコルサと同義ではない。いくらコルサの世界で使われているからといっても、それを妄信的に享受すべきではない。たとえばの話、アームストロングは現在のプロロード界において間違いなくコルサな存在ではあるけれど、彼の履くナイキ製の丈がやけに間延びした観の否めないソックスはコルサっぽいとはいえない。あれはくるぶしを守ることの重要性をアピールすることで企業のイメージアップを狙うナイキ社の戦略か、もしくはアームストロングの個人的な趣味にナイキ社が応えたか、そのどちらかに違いない。横道に逸れるが、なぜアームストロングのソックスはどんなに激しいペダリングにもその形を崩すことなく、ピンとしたフォルムを維持し続けるのか。まさかソックタッチでも使っているとか? などと邪推させられるのだが、実際に彼がコギャルよろしく丁寧かつ神経質にぬりぬりする姿は想像したくもないだろうから、ここらへんでやめておくことにする。
話を戻すが、つまりコルサは必ずしもかっこよくはないが、コルサっぽいは常にかっこいい。本物のコルサは一切の選択肢を与えられていないため、スポンサーの意向でとてつもなくダサいものをあてがわれることもあるが、コルサっぽいの場合は、各人の自由意志が大いに活かされるため、当然のことながらかっこいいというわけだ。

そもそもコルサっぽいという言葉は、今や伝説ともなっている超コルサっぽいクラブチーム・アルファビルにおいて、一時期蔓延していた価値観だった。
アルファビルでは、同じカラーリングの自転車を揃え、アッセンブルするパーツも統一し(一部例外はあったが)、ジャージからレーサーキャップ、シューズやペダルに至るまで、すべてをヨーロッパのプロチーム的な次元で統一させるというクラブチームの域を遥かに超えた徹底ぶりだった。うるさいヤツに至っては、レーサーパンツの丈は膝上何センチであるべきだとか、ワイヤーのインナーキャップをどう潰すべきかだとか、アッセンブルされたパーツをどう加工すべきかだとか、ブレーキシューのクリアランスにまでコルサな理論を持ち出す始末(ボクのことかも)。ただ、そこまでこだわる理由が「少しでも早く走りたい」というような純粋なものではなく、ただ単に「その方がコルサっぽい」というだけのことでしかないのだ。これを変態といわずして何といえばいいのか。
こうやって書くと、ずいぶんと昔の恥ずかしい思い出話のように感じられるだろうが、じつは今もってなお、そういう間違ったコンセプトをしつこく持ち続け、くだらんテーマで夜通し議論してしまうアルファビルの残党(落ち武者みたいなものか?)がいる。驚くべきことに、これは事実である。
ちなみに、現在イタリアのG.S. FASSA BORTOLOでマッサーをしている中野善文も、そういう変態チームに入りたいばかりに、ボクの高校の後輩という立場を利用して潜り込んできたような輩だ。今では「yottan」などと呼ばれ、爽やかな好青年ぽい雰囲気を演出してはいる彼だが、決して騙されてはいけない。こうして他人の変態っぷりを平然と他人事のように指摘するボクではあるけれど、自転車雑誌の編集者という立場上、表向きはノーマルな視点も持ち合わせたフリをしつつ、じつは結構な変態だったりするのかもしれない。


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「これは間違いなくコルサっぽいよ、ランス」と、一応アームストロングにフォローしとく。なんじゃこれは? と気になって仕方がないという方は、ぜひこちら
2005.01.11 01:35 | about corsappoi | trackback(-) | comment(-) |
今年こそはブロガーになるっ!
と、去年から、いやじつは一昨年あたりからボクは意気込んでいた。
しかし、何事も踏み出す前から完璧を目指してしまう性格のためか、何も手付かずのまま二度ほど年を越すという始末。
手軽に素直にレンタルブログからはじめればいいものを、やれサーバーを借りるのが先だとか、借りたら借りたで今度はやれMTがどーのとかNucleusがどーしたとか言い出すボク(他人事のようだけど、あくまでもボクのこと)。足踏み状態ながら、増大する一方のやる気と無駄な知識たち……。
そしていよいよ迎えた今年の正月、ボクのブログ開設熱はもうメルトダウン寸前の勢い。その勢いに乗じて、正月明けの深夜、眠い目をこすりながらチャレンジすること約三時間。
あーれもう出来ちゃいましたよ、こんなもんでしたかずいぶんと簡単ですこと畜生め!

ということで、PC歴13年目にして遂に、そして呆気なくブロガーとなった。
遅すぎる。完全に出遅れてる。汗……。


2005.01.08 07:51 | blog | trackback(0) | comment(2) |
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